人生を変えたいならLINEグループ退会で人間関係を断捨離すればいい

自分から”LINEグループの退会”をする行動にちゅうちょするのはよく分かります。

ですが「人生を変えよう」と考えるなら必要な要素だと思うのです。

変えたいと思うのは「何かにつまずいた想い」がそうさせたのですよね?

自分の「イヤだ」という心の声を優先してこそ夢は叶うものです。

たった一度の人生です。あなたの好きな様に生きてみましょうよ。

他人のせいにしない生き方を選んで、充実した人生を送ってみたいものです。

「自分に必要なこと」と「必要でないこと」をクールに処理をする

あなたはいま「自分を変えよう」と決意しましたよね?

「変える」には「変えるために必要なこと」に集中して、「マイナスになっていたこと」を捨てる作業をしなくてはなりません。

それには、新しいコトをはじめるためのモノを手に入れる必要が出てきます。新しいモノとは人それぞれです。

たとえば「美しくなりた」と思えば、健康にたどり着くでしょう。

ジョギングや、ちょっとしたスポーツなどの運動をしたり、食事制限をしたり、規則正しいライフスタイルをしたいと思うものです。

けれど人はどこかで他人とつながっているもの。家族がいる人が朝からゴソゴソとやる様になると家族を起こすかも知れません。

「うるさいなぁ今何時だと思っているの?」て具合に、どこかで反発が起きます。本人の意志だけでは難しいことがあるのです。

わたしもかつて自分を変えるべく180度行動を変えた過去があります。

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「いままでのわたし」だから意気投合し結ばれました。それを急に変えられては困りモノなのです。

でもわたしは自分革命をやめませんでした。それはこのままではマジで駄目だと決意したからです。

新しい習慣をはじめたのに、いままでのよくない習慣を捨てられないのだとしたら、それはアクセルをふみながら同時にブレーキをふんでいるのと一緒です。

ブレーキになる習慣(他人からの影響)を避けて、アクセルになる習慣(新しい考え方)を優先することで、いまわたしは以前「手にしたい」と考えていたモノを手にしつつあります。

くどい様ですが、アクセルをふかすよりも「ブレーキになる事柄と、どう関わっていくのか」が問題なのです。

本心に嘘をついてまで付き合う関係とは、もう「さよなら」を・・

わたしはこの記事を書く4年くらい前に「LINEグループ」を退会しました。

若い頃は友達命。「他人からどう思われるのか」思考。いつも損な役回りを受け入れる「いい子ちゃんキャラ」なわたしからすれば、それはもう苦渋の決断です。

ですがそれ以上に自分を変えるための”足かせ”になるのは目に見えています。

なぜ「居心地がよくない」と思ったのか、「今後も付き合うべき関係なのか」を考えてみました。

この”LINEグループ”は、どうやってできたのか

わたしの場合、高校の同級生です。学校でつるんだり、放課後や休みの日に遊んだこともありません。

卒業後たまたま合う機会がありました。人当たりも良く好印象な人柄です。親しい関係というよりも、「つながって置こうかな」という感覚です。

ところがある日「卒業生LINEグループに参加」という形になってしまいます。当時わたしはまだLINEの機能をよく理解していなかったからです。ブロックとか、

「ピンポン♪!」LINEの着信音が頻繁になるようになります。グループのメンバーがチャットをしているからです。

内容が気になってしまいます。見ると、みんな盛り上がっている様で、勝手に飲み会の予定を組み始めました。

「オイオイなんだよ。そんなの知らないよ。わたしは賛成してないでしょ」と思うと、「これは自分には合っていないシステムだ」と考える様になります。

なぜわたしは会おうとしないのか

  1. 他人に自分の行動を決められた
  2. グループに女性がいる
  3. 時間とお金をうばわれる

1)わたしは頑固者でもあります。順番にこだわる一面を持っています。勝手なことは基本NGです。面倒くさい人です。

2)浮気のつもりは毛頭ございません。あらぬ疑いで夫婦関係をこわしたくないと思います。逆に、妻が男がいる場所へ飲みに行くのは正直嫌です。

3)「自分を変えるための活動」をはじめています。達成するには時間お金はかかせません。お酒もやめていました。

わたしは夜勤があるシフト制で働いています。土曜の夜に付き合うには休まなくてはなりません。無理でしょ?

「これはいかん!退会だ!」メリットよりも失う数が多すぎる判断に至ります。

ではなぜ、その相手達に対して「冷たい思考」になってしまったのか

  1. その相手たちは本当の仲間とは思えない
  2. その相手たちはわたしと対等ではない
  3. その相手たちは自分の理解者になりえない

1)これが仲間?

上文とかぶりますが、高校時代に同じ釜の飯を食ってはいない。遊んだ思い出が何一つない。何を話せというのだろう。盛り上がる気がしない。

2)これが対等?

わたしは妻子ある低所得な長期住宅ローン債務者です。お金の自由はありません。

会うために会社を休めば給料は減ります。服も買い直したいと思ってしまう。飲み代もかかります。そのために日々我慢して貯めたお金を使うなんて絶対にイヤです。

ですがそのグループのほとんどの人達はわたしとは正反対の立場です。

3)これが共感できる?

わたしにはまだ学生の子供が2人もいます。でも相手たちはちがいます。住まいは実家ぐらしです。身もお金も自由という分けです。

同じグループ内にわたしに近い境遇のメンバーがいました。サービス業なので休みが平日だからです。

飲み会の日程が合わなくてその人は誤ってました。わたしはそのメンバーをフォローしましたが、他のみんなは理解できないと思います。

「この人達とわたしは合わない・・」そう考えてしまったのです。一緒になって付き合うべき相手なのでしょうか。

これは想像ですが、多分、暇なんだと思うのです。

何か「変化が欲しい」って考えている様にも思えます。わたしにも心当たりがある時期がありましたから気持ちはわかります。

「自分を変えたい」と決意したのなら、ここはやはり足を引っ張る関係の人とは断捨離するべき関係だと思ってしまいます。

おわりに

過去の知り合いに違和感を感じるのは、いまあなたがいるレベルとはちがう場所にいるからだと思うのです。

それはあなたが成長したのか、落ちたことを意味していると考えられるでしょう。

「類は友を呼ぶ」という法則によって似た者同士は引き寄せるとよくいわれています。

違和感があるのは、もうちがう人種になった証拠です。

お互い「縛りがなく出入り自由な関係」でつきあえたらいいですよね。

▼わたしの断捨離論を書いています。
リンク人間関係を断捨離するために選ぶべき3つのこと

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