謝礼はみんなに還元すると徳をする

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会社によっては、業務改善をした内容を書類にして提出すると、会社から金一封がもらえる仕組みがある。

今回わたしが所属するグループの上司が、それをやった見返りとして会社から、わずかばかりだがお金が出た。

それを上司は自分のポケットには入れず、部下数人と均等に別けた。

お金と言ってもお茶代程度。

とは言え、妻子持ちの住宅ローン債務者のわたしにとってはありがたい金額でもある。

そして翌日その上司と先輩は、それぞれお茶菓子の差し入れを持ってきた。

同じグループの人や、近くにいた別のグループの数人にも分けた。

わたしの部署ではコミュニケーションの一貫として、お茶やお菓子などを持ってくるのが一般化している。

毎回持ってくる人もいれば、気が向いたら持って来る人もいれば、もらうだけの人もいたりする。

それぞれ役目が決まってるのが面白い。

実はわたしは上司から分けられた金一封で、何か買ってこようと考えていたが、つい忘れてしまった。

で、翌日、お菓子とお湯で割る系の飲み物を袋買いし、誰でも飲める様な状態にした。

この2つを買った時点で上司から頂いた金額にほぼなっていた。

損得勘定で生きる人からしたら、お人好しのお馬鹿さんだと思うかも知れない。

けど自分1人だけで使ってしまったら、そのお金はただ消費されるだけで終わる。

でも例えばインスタントコーヒーを買って部署に寄付すれば、自分もみんなも飲めることになる。

ここにはたくさんのメリットがある。

会社からの金一封を独り占めせず、他の人にも別けることでネガティブな印象を回避できる。

「このインスタントコーヒーは〇〇が持ってきたものだ」と相手に思ってもらえる。

提出した書類の業務改善は、他のグループも、少なからず関わっている事案でもあるからだ。

「なんであいつらだけズルい!」と言う面倒な摩擦を回避することにも繋がる。

上司の仕事ぶりを周知できるので、上司の株が上がる。よって上司への借りを返せるし、また金一封の恩恵に預かれるかも知れない。

でもわたしが差し入れを買ってきた最大の理由は、

自分の持ち物を他人に分け与えることで清々しい気持ちになれ、

自分が買ってきたティーセットをみんなが飲んでくれる姿を見ると、何かほっこりするのが最大の魅力。

それは自分の心のため。

実は、人に親切にしてもらうよりも、親切にする方が幸せ指数が高いと言われている。そう、本で読んだ。

だからこの時点でわたしは「徳」を積み「得」をしたことになる。

確かに思い当たる節がある。

失礼な例えだが、自分が買ってきたケーキを喜んで食べる子供の姿を見る気持ちの様。

野良猫や野鳥が食べることを期待してエサを置き、遠くからそっと見守る様な心境。

わたしは買ってきたインスタントティーの量が減ってることが分かると、「あ!誰か飲んでくれた」と嬉しくなった。

これこそが何かを与えることの醍醐味。

自分もみんなも得をする仕組み。

それを自腹じゃなく、人からもらったお金で出来るなんて、実にありがたい。

ここですごく大事な前提がある。それは見返りを期待してやらないこと。

そしてインスタントティーをかき回す棒が無いと、パウダーは溶けにくいと考えて、100円ショップでマドラーを翌日追加。

「カップラーメンおごるから食べて!」でも割り箸が無くてはありがた迷惑。中途半端ではサービスとは言えない。

「相手はお客様」と考えて付き合えば人間関係はうまくきやすい。

結局、上司から頂いた金額をオーバーした。

でもこれでいいとわたしは思う。どうせそのお金はあぶく銭。

「Easy come, easy go」懐かしのB’zのナンバー。

意味は「簡単に得たものは、簡単に失う」「悪銭身につかず」など。

不正をして手に入れたお金ではないが、わたし自身が苦労して作りしたお金ではないので、これはあぶく銭だ。

どうせ何に使ったのか分からないことに使ってしまうなら、人の記憶に残ることに使う方がいい。

わたしが買ってきた差し入れの減り具合を毎日眺めながら、自己満するのも悪くない生き方だと思う。

そして「オレの差し入れ何で飲まないの?」と親切の押し売りはしないこと。

更に「飲んだよね?だったら手伝え!」の貸し借り勘定は最低なのでやらないこと。

ただ、金一封を分けた上司からしたら、せっかくの好意が無駄になったとも考えられる。

でも与え好きな人なので、理解してくれると思う。

おわりに

生きたお金の使い方は実に気持ちいい。

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