そのプレゼント本当に受け取ってもいいの?職場でありがちな3つの心理

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もらったら最後?

 

誰かから「いただきものをすること」を心よく思わない人は一定数いることでしょう。そんなわたしはその中の1人です。なぜなら後が面倒だからです。

 

本当に欲しいものやコトだとしたら「ぜひとも受け取りたい」って思うのですが、世の中には様々な考えを持った人で溢れているのも事実。

 

人がプレゼントをするには理由があるものです。

 

そもそもプレゼントって何なのでしょう。どんな役目があるのでしょうか。好意なのか、それとも作戦なのでしょうか。それが問題です。

 

その行為は好意じゃない?何か下心や頼み事がある

わたしの経験上、愚痴や文句や批判が多い人は、その考えを相手に同意を求める傾向がある様に思えます。

 

「自分の理論」という名の身勝手な庭でパーティーをするための誘い水として使われるアイテムがプレゼントという贈り物。

 

「別にそんなのいらないよ」というのが正直な答えです。

でも贈り物を断るのも何か気が引けます。理由はどうあれ「相手の気持ちを形にしたもの」には変わらないからです。

 

新人という立場を有利にしたいから

以前、わたしの職場に年上の新人が入って来ました。

年下のわたしたちにも「ですます口調」高感を持てました。が、そんなのは長くはつづきません。まったくの偽善だったのです。

 

当時2000年代、ドコモではまだ「iモード」全盛の時代。パソコンでDVDをコビーするなんて一部の人たちだけスゴ技です。わたしなんかはまだまだIT音痴のころ。

その新人さんは映画をとってわたしにディスクを貸してくれました。

 

ところが、その辺りから態度が大きくなりはじめます。

どうやって録画したのか、や、パソコンの知識を自慢話。そして横柄な態度。わたしに貸しをつくったと勘違いしたのか分かりません。が、

 

タメ口を通り越し、汚いことばの命令口調や説教混じりの意見や指示を出すように様変わりしていきます。猫をかぶっていた。「脱ぐの早すぎ」って思うところです。(他の人にも同様)

 

「コレじゃイケナイ!」最初は年上ということで下手に出ていましたがこれでも先輩です。ベルトを締め直し、凛とした態度で接するように変えたのです。

 

もちろん、その後もプレゼント攻撃(オレがやっといたよ)はつづきます。でも、一切受け取ることはありませんでした。

なぜならその行為とは、相手を操るための道具だと分かったからです。

 

▼問題を自ら作り出し解決して助けるフリをするのはメサイアコンプレックスの特徴です。
リンク結局、損してる気がするのは相手の作戦にハマっているからという話

 

▼馴れ合いからはいい結果は生まれない。甘やかしの関係は毒なだけ。
リンク「楽しいだけ」のつながりからは本当の絆は生まれない。15年見て分かったこと

 

権威と使命感を味わいたい

上司には部下の面倒を見るという役目があります。役目とは部下を管理すること。

スケジュール管理は仕事の進め方だけではありません。健康も大事な管理の1つです。

 

「この辺でいっぷく入れようか?」走り続けていては身体は持ちません。適度な休憩が作業性を上げてくれます。

 

ジュースやちょっとしたお茶菓子を差し入れしてくれる上司もいます。

中には、一円も使わない人もいるでしょう。どっちにしても、身体を休めるために作業を止めている状態です。

 

ところが、上司からの差し入れを好ましく思わない人も中にはいるものです。喉も渇かないし、水筒の中にお茶お入れてきているし、後々なんか面倒だと思うから。

 

「お前、さっきジュース飲んだよな!」って恩着せがましく言ってくる上司もいますからね。

たった一杯でこき使われてはかないません。受け取るのを躊躇するのは当然の心理です。

 

わたしには、休憩時間の差し入れを異常にこだわる上司がいます

その上司は若い頃、建築現場で働いていたらしく、そのときの経験が理由だとわかりました。

10時、3時の休憩のときに、親方が自腹で職人さんたちに差し入れを振る舞ったことです。

 

「きっとそれをヤりたかったんだなぁ~」ってわたしは感じ取りました。

つまり、親方ごっこがしたかった。ことばはよくないですが、上司としての優越感を味わいたかったのかも知れません。

「ありがとうございます。いただきます」のことばが欲しかったんだと思います。

 

もしそんな上司がいたとしたら、こう考えてみましょう。

「それも会社ごっこ・上司の役割なんだ」と思って、ここは素直におごられてあげましょうね。

 

人を試しているタイプ

これはすごく厄介です。

人が群れを統率するための道具として風習は作られています。「世間の常識」という言葉は特に日本人には弱いもの。絶対のルールだと信じ込んでいます。

  • お祝いには「お祝い返し」
  • お葬式には「香典返し」

のように「贈り物=返す」という公式は昔から受け継がれてきた伝統です。その風習は様々なことに使われている。そのことを利用する人がいたらどうでしょう。

 

あまり常識がない人(気にしない人)に対しての贈り物は、相手を悪者にするための格好の材料です。

 

「このタイミングで、これをあいつに渡したら、相手はどうでるのか」という駆け引きにプレゼントは使われます。

 

案の定、ターゲットは何も返しません。

「あいつは常識はずれだ」とか「もらいっぱなしの人」というレッテルを貼る役目にもなります。

でも、よく考えてみると、問題をつくって問題にしていしまう人が実は本当の問題児。

 

わたしは最初のころ、いちいち反応して返してたのですが、いまはその挑発に乗るのをやめました。

 

いらないものをくれる方が悪いんです。人が必要だと思わないものを与えるのは迷惑罪と考えるからです。

 

まったく返さないというわけではなく「本当にありがたい」って感じたときは素直に、それ相応のもの(コト)を返すというルールに決めました。

 

おわりに

プレゼント1つを取ってもたくさんの意味があるものです。

 

たまには馴れ合いもいいとは思います。

自分が至らない部分をカバーされると「ほんとありがたい」って思います。協力することで人は生かされているって思い知らさせるものだからです。

 

でも、ズルをするための道具に使うのはぜひとも避けた方がいいですよ?

そんな近道はしょせんは小手先の付け焼き刃。最終的には、上手くいかない様になっているのは、この世の原則だからです。

 

▼テクニックが通用するのは人としての原則を守っている人だけです。

リンク人を利用する人間から離れても悪いのはその人。罪悪感は持たないで?

 

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