ガラクタだと思っていた物が実は宝物だったことはよくある話です。
ずっと使っていなかったものを今一度、クローゼットから引っ張り出してみてください。
何か引っかかるものがあるかも知れません。
逆断捨離。「手放さない勇気」もときには必要は考え方。
ポジティブ思考だけが人生を快適にしてくれるわけではないのです。
古い携帯とはタイムマシンだ
小学生のわたしの息子はまだスマホを持ってはいない。
けれどあったらいいよね。Wi-Fiはある。動画もゲームも出来てしまうから。
「そうだ、使ってないスマホがある」
わたしの娘(姉)が一番最初のスマホが押し入れにしまってあることを思い出す。こわれたわけじゃないし、もったいない。
「弟にあげてもいい?」
「うん、いいよ」
久しぶりにわたしは電源を入れると、何やらLINEに着信履歴ありだった。とにかく何でもいいからボタンを片っ端から押してみた。
でも、ログインしないと見れない。オーナーは娘。
ところが、いま娘がつかっているスマホに変なLINEメッセージが届いたらしい。自分の部屋から飛んできて何やら妻と話をしている。
「どうでもいい・・」と思っていた、かつてのスマホ。
自分の部屋に持っていき、部屋から出てこない。
当たり前だ。なつかいいのだろう。当時の画像もあった。本人しか知りえない何かが残っているはずだからだ。
大人は知っている。
わたし自身、初期のころの数台のガラケーを手放してしまった後悔を・・
3世代前までのガラケーは、取りあえずクローゼットにしまってある。
携帯と充電器をともに保管していたはずだが、充電器だけ、なぜかない。こんなことはよくあること。
何で、残してあるのかは、その当時のガラケーに価値があるからだ。
貧乏性ではなのか?いいや違う。
携帯とは写真やCDと同じ過去ログ。
ガラケーの電源をオンにして画像やメールや着メロや音源やブックマークを開けば、その携帯を使っていた当時に自分を戻してくれるタイムマシンだからだ。
でも娘はさっきまで、その価値を知らないでいた。
そして今日気づいたと思う。
今回、娘が最初につかっていたスマホをわたしがいじったこととは、娘にとって、最初の価値基準に気づくきっかけにったはすだ。と、わたしは信じたい。
弟には可哀想だが、親としてはマックス嬉しい。
なぜなら物を大事にしない娘にとって大事な過去をふり返るきっかけになったはずだし、物を大事にする気持ちにも気づいたからだ。
高校生になって忘れてしまった中学のころの思い出。悪い思い出でさえ良い思い出に変換してしまう脳機能があるという。
わたしは中身を見れなかったけれど、たくさんの記憶がそのスマホに記録されているはずだ。
だって最初のスマホだもの。
新しいことも大事だが、やはり過去の積み重ねでいま現在の自分があるものだと思う。
多分ほとんどの人が思っているはず。最初に乗った車にまた会いたいと思っていること。家を出て最初に住んだアパートに行ってみたいこと。
なぜなら、思い出が一杯だからだ。
「その車が好き」とかじゃなく、その当時の自分に帰れしてくれる。
でも、いまそれを手にし、渦中にあっては気づかないもの。しょうがないよね。自分たちもそうだったから。
アルバムとは画像だけではない。
おわりに
「いらない」と言っていたスマホ。中身を全部消せない事情を本人は見つけたのでしょう。
断捨離とは真逆の考えですが、「捨ててはいけないもの」に気づけるといいですよね。
■PS
こんな風な(名言集・タメ語)口調で文章を書くと、何だかすごく楽ですね。なぜなら、ほぼ手を加えてない最初の言葉の一番搾りだからです。
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