人生を快適に生きるには自立するしかない?ポイントが大事です

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飛べるのは誰のお陰?

もし本当に快適な人生を生きることが出来たなら、こんな幸せなことはないでしょう。

でもわたしも含め多くの人達は、みんなと足並みをそろえることを優先しがちです。

 

でも、もしかしたらそれは見間違えているのかも知れませんよ?

周囲に合わせているようで、実は自分の人生を生きている人もいるものです。

 

「集団思考に疲れてしまった」という人でも自立思考に切り替えれば、本当に人生をエンジョイすることができるのでしょうか。

 

独りでも生きられる準備をはじめる

なぜ人は「みんと一緒であることがイイことだ」って思ってしまうのでしょうね。きっと、他の人達とのちがいを潜在的に怖がってしまうからだと思うのです。

 

自分が本当にやりたいことをあきらめたり、本当は自分はやりたくないことを選んだりしてしまうのは、この先どうなってしまうか心配で仕方がないからです。

 

説明書や参考書や地図を見てそのとおりの行動をコピーすれば、取りあえずは失敗はないだろうと考えてしまいます。

 

みんなのマネをすることで何の問題もなく幸せな人生を歩んでいる実感が持てるのなら、みんなと同じ道を選ぶことが正解なはずですからね。

 

ではなぜみんなと同じようなことをしている人達なのに上手くいかない人や問題に遭遇して悩まされたり不安で心配な人生がつきまとってしまう人がいるのでしょう。

 

「何かがまちがっているから」ではないでしょうか。

 

まったく同じもの(環境・人間性・生まれ持った性質)を持ち合わせた人はいない以上、自分以外の他の人と同じようなことをしても人生は同じようには作用しないのは当たり前の法則だと思うのです。

 

だったら、自分に合った選択をした方が自分にとってはいい方向へいけるはずですよね。

 

やはりココは勇気を出して、独りでも方向転換するしかありません。

まずは見えないところから本当に自分がイイって思うことをはじめて見るのです。

 

尊敬を忘れ、自分を過信してはダメです

「完璧な人などこの世にはいない」とは言うものの、あなたの周りにもシッカリとした抜け目ない性格の人はいませんか?

 

わたしの周りにも、何でもきちんと出来てしまう人はたくさんいます。そんな人たちを見ている内に、ふと気づいたことがあります。

 

いま必要なことを知っていて、やるべきことに集中している様にも見えました。

 

たとえば社内移動によって新しい職場に入ったデキル社員がいたとします。この新人の将来にとって大事な行動とは、早く仕事を覚えることだと考えるでしょう。

 

仕事を早く覚えたいと思うのは、「早く自立したい」心の表れでもあるからです。

 

  • せっかく新しい職場に移ったんだし「これはチャンス」と考えたり、
  • ただ「足手まといにはなりたくない」って思ったり、
  • 嫌われないために「印象を良くしたい」って考える人など、様々なことでしょう。

 

わたし自身も社内移動によって色んな性格を持った人と接してからたくさんの人生を学びました。

 

「何でこんなに早く出来ちゃうの?」って関心しては、出来ない自分と比べてため息をついてしまったりもします。

 

たしかに先人の先輩たちが試行錯誤して仕事を最適化してくれたお陰をもって、新人でも仕事がやりやくなってきたのも事実です。

 

でもわたしは「ちがう」と思うのです。

 

「早く自立したい、独りでも仕事が出来るようになりたい、迷惑はかけたくない」って強い信念があって、楽な道を選ばなかったから。他人に頼ろうとする甘えがなかったから。

ひとえに本人の努力のたまものだと分析してしまいます。

 

さてここからがこの記事の本題です

では、自分最適化のためなら何をしてもイイのでしょうか?

人間は感情の動物です。コンピュターとはちがい「不合理な思考回路」をもっています。

 

「裸で逆立ちして街を歩いたら10万円あげるよ?」ってもし言われたとしても、恥ずかしいからほとんどの人はやらないでしょう。

 

合理的になれないのは「人には理性と尊厳」があるからです。

 

「先輩と同じ給料にしてください!」合理的な新人が仕事が出来るようになったからといって直ぐに給料が上がることは少ないはずです。

 

「あ~あ~何でみんなと同じようにやっているのに・・いや、先輩よりもデキルのに、なんて会社だ!」という態度の新人だったとしたらどうでしょう。

 

生意気です。「独りでやれば?」関わりたくはありません。

「あの最初のころの下手の態度はみんなウソだったの?」ってガッカリしてしまうでしょう。

 

敵対心を持たれてしまうほどの積極性は、むしろ慎む(つつしむ)べきなのです。

 

独りで生きられる様になったとしても、他人に協力してもらえる様な人を目指しましょう。しこりは残さない配慮は大事ですよ。

 

「そんなの甘い!」って思うのならわたしは止めません。やってみて下さいよ。

最終的にはどうなるのかを知ることになるでしょうから。

 

他人の癖を場合によっては受け入れる

「十人十色」人は様々な性格を持った人がいることは誰もが分かる常識です。

 

自分とのちがいを否定していけませんよ?なぜなら、頑張っているのに、どうしても上手く出来ないのは仕方ない事情もあるからです。

 

人には持って生まれた性質にちがいがあります。生きてきた道のりだってちがうのです。

 

そして、多種多様な癖が身についてしまったこともあるでしょう。

 

  • イヤなことを忘れるために酒に溺れる人もいます
  • 環境によってギャンブルを覚えることもあります
  • 逃げることでしか生きられない人もいるでしょう

 

「コレではイケない!」よくない習慣だと本人が気づいたとしても、長年の習慣を断ち切るのは簡単ではありません。(わたしもいま弱さと格闘中)

 

分かっていて解消に向けて努力をしていたり、他に自分ができることに目を向けて、そこに力をいれ、集団に協力する姿勢なのだとしたら非難してはいけません。

 

だれも完璧な人などこの世には存在しないからです。

習性を認めてあげましょう。

これがうまくいくための絶対法則だと思うからです。

 

「困ったときに助けてもらおう」って「保険をかけているようでズルイし、みんなを頼っては本当の自立ではないんじゃないの?」と思うかも知れません。

 

独り山奥で裸一貫で生きていない以上、誰かのお世話になっているものですからね。

 

しかしながら、独りになる本当の意味とは「心の中の問題のこと」なので、その辺はこころしておくべきです。

 

おわりに

  1. 「みんなと同じ」を目指すのではなく、自分に合った生きたをする
  2. 調子に乗らない、上手くいかない人を否定しない
  3. 他人の習性も認めてあげること

 

をポイントにしてわたしはいま精進しています。

 

もちろん、人生に絶対ルールなどはありません。いまはこの記事で書いたことを信じていても、来年に変わることもあるでしょう。

 

意固地になってはかえって事態を悪化してしまうことも既に経験済みです。ときには柔軟な考えになるのも人生には必要だと思うのです。

 

しかしながら、ブレない信念に勝るものは無いのもまた真実です。

その時々、客観的に自分を見つめ直すことが必要では?というのが今のわたしの持論になっています。

 

▼人生は気長に生きましょう。
リンク短気な性格で行き詰まったら「気長」に方向転換すればいい

 

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