なぜメンタル不調だった私が会社を辞めずに居られたのか

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まだ詳しく書く勇気は無いが、わたしは今から10年くらい前、それまで強気だった生き方が、弱気になる出来事が起きた。

「転職した方がいいのでは?」とアドバイスをする人も居たくらい。

その結果メンタルは低空飛行。

やはり大人の事情を優先した結果、転職することは出来なかった。

黒歴史として、今も白い目で見たり、腫れ物の様に優しく接する人も居ると感じている。

あれから10年。正直いうと、未だにブルーな気持ちはある。

それでも今は何とか、前向きに生きる選択をする様になってきた。

くよくよしていても何も始まらない。

そう成れたのには理由がある。

出世できなかった人の登竜門。もうあなたのことは怖くない

悩みから開放されるためにやるべきこと

人は自分の失敗を恥て自分を追い詰める生き物。

確かに、やってしまった失敗や、やらなかったことを見つめ直す機会は必要だ。

そうやって軌道修正することで、次に同じ過ちをしない様にできる。

しかしながら、いつまでもその出来事を後悔するのは身体にとって毒でしかない。

嫌な出来事を何度も思い出すことを「反すう」という。

反すうはうつ病の元と言われている。

しっかり自分と向き合ったなら、もう悩み続けるのは止めてみよう。

そしてヒトというものは、何もしないで居ると、ネガティブに成りやすい様に造られている。

だったらどうすれば良いのだろう。

その解決策は、いたってシンプル。

悩まない為には、考える暇を与えないことしかない。

言い換えれば、忙しくする事。

そのためには、今、この瞬間を噛みしめること。

余計な悩みごとで頭の中がふくらむ前に、何か別のことに集中する。夢中になることだ。

もしあなたが、今、ビルの屋上から隣のビルの屋上にかけられた一本の棒を渡る状況にったとする。

その時、どんな心境になるのだろうか。

そんな、危機的状況にもかかわらず、

「明日のプレゼンどうしよう」とか「家のカギ閉めたっけ?」って悩むことはない。

きっと考えるのは、「落ちずに渡り切ること」だろう。

頭の中から悩みを追い出すための方法とは、集中することだ。

脳は2つのことを同時に考えることが出来ない造りになっている。

高笑いしながら、号泣することは出来ない。

なので、自分が夢中になれる「何か」をやってみる。

「何だよ、そんなことかよ」と思うかも知れないが、

わたしはこの方法で、悩みの渦中にあった頃を乗り切ることが出来た。

自分に合った「何か」は自分で探すしか無い

悩みに襲われないため、実際にわたしが取り組んできたことを書き出してみると、

  • ブログ
  • バンド
  • 筋トレ
  • 読書
  • 瞑想
  • ウオーキング
  • 親切
  • note
  • Twitter
  • 音楽鑑賞

色々やってきた。

特に効果があったのは運動。中でも反復運動系。

初期のころは、出社する前に超早起きして、読書やウォーキングから始まった。

メンタルヘルス的なサイトを見たり、書籍で知ったのが、

リズム運動によって、セロトニン効果が出て、前向きな気持になれる情報だ。

実際、それで乗り切ったといっても過言ではない。

とにかく別の誰かに成りきっていたと思う。

それがよかったのかは分からないが、この時はこれで良かったと今は振り返っている。

わたしは本など読む様なタイプじゃなかった。それが本を買うまでに変わった。

もし、うつうつしだしたら、何をおいても、まずは外に出て歩くこと。

怒りで心乱れた時に効果が無いもの

悩み初期から変わって中期の頃、わたしは家にいる時は穏やかになれて居た。

でも一歩外に出れば、心乱されることは次々とやってくる。

これは「自分の心の在り方の間違いによるものだ」と後に知ることとなる。

前の章で触れた話だが、読書する目的の1つは認知の歪みを正すこと。

自分の中の妄想が自分を苦しめるからだ。

この当時の愛読書は、『道は拓ける』や『原因と結果の法則』など。

そこから開放するために、間違った信念・心理・理念・観念などを正常に書き換える作業。

「世の中とはこういうものだ!」という司令を変えること。

これも一定の効果があったと思う。

でも頭に来てる時はダメだった。

当時、休憩時間によく読書をしていた。

モラハラ年配者からの攻撃に怒り心頭。それを忘れるために、それに見合った本を読んで忘れようとした。

でもその件の「思い出し怒り」で、腹を立てるのを止められなかった。

昼寝しようにも、交感神経が高ぶって寝られず休憩が開けていく。

けど仕事に戻って作業をする内に忘れてしまう。

やはり何もしないでじっとしてるより、動いた方が考えずに済むんだ。

音楽鑑賞も同じ。

やはり、聴くことに集中できない。

結局、相手をやっつけることを考えていた。

つまり、根本的に「不和」が信念に刻まれているから苦しんでしまうのだと思う。

もし、愛あふれる信念をもっていれば、人を攻撃してくる相手を憐れんで、何か手を差し伸べることを考えることだろう。

当時のわたしには出来なかった。

でも休憩時間、職場の近くにある公園を歩くと、いつの間にか忘れることが出来た。

それは歩くことに集中したからだと思う。

歩幅・歩くフォームを意識する。木々の風景。開放的な空間。心地よい風が、嫌な記憶を開放してくれた。

さっきまでの自分はどこへやら。

そして歩くことで得た運動効果は、歩き終えた後も、一定の時間持続してくれる。

リズム運動は本当に嫌な想いを忘れる効果があると、わたしは言いたいです。

おわりに

メンタルが不調でも、医者に行く勇気を持てない人もいると思う。

実際、わたしは自己治療を選んだ。

色んな意味で、それが良かったのかどうかは分からない。

本当は、休養して何もしないことから始めた方がよかったのかも知れない。

でもそうもいかない事情はあるもんだ。

もし動けるなら、散歩から始めてみてはどうでしょう。

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