「友活」選ばれる条件とは?”選ばれやすくするだけ”だった

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みんなと一緒

友人をつくるとき、自分の印象を良く見せてしまうのはしょーがない人の性です。

でもそれをやることによって、人としての価値が出るのでしょうか。

偽のあなたを「良し」とする他人を友人にして、本当に楽しい人生にはならないでしょう。

 

どうすればあなたに合った友達が出来るようになるのでしょうね。

 

自分の趣味趣向に合った人を友達にすることを、実は誰もが望んでいることに気づくことです。

 

マニアが評価される時代。「ちがい」を表現してもイイ

2018年現在よりも以前から、既にマニアが生きやすい環境になっています。

 

わたしが10代を生きた80年代のマニアとは「オタク」と呼ばれ、「異質なもの、よく分からない人たち」など、変わり者として毛嫌いされていた過去をもっています。

 

ネットなんかもそうでした。

「根暗な人がやるもの。部屋にこもって何をしているのか分からない」反社会活動でもしているかの様な印象を持たれていたのです。

 

しかし現代はちがいます。

かつてマニアの領域だったコトですら「ふつうの人たち」がふつうに受け入れています。

それどころか、神的なあつかいをされ、崇拝され、憧れの存在にまで登りつめたのです。マニアのお陰で、いま快適に暮らせています。

 

スマホの普及によってインフラ化(電気・水道)しているといってもいいでしょう。もう手放せないアイテムに変わりましたよね。

 

秋葉原が各地に増えればいいのに・・

オタクの代名詞といえば秋葉原ですよね?マニアックな商品がそろっています。

 

わたしは以前、趣味としてエレキギターを買いました。

ネットで調べても、自分好み、買える値段、望むスペックのギターは大都市にしか売っていません。

 

結局、仕方なくネット通販で買いました。なぜなら、お店まで距離はあるし、実際に音を奏でてもわたしには理解できないだろうと考えたからです。

 

本当は現物を見て購入するのが買い物の鉄則なのは知っています。が、メーカーと値段とお店を信用して通販で買ってしまったという分けです。

 

自分の欲しい商品がもし最寄りの楽器屋さんで売られていたとしたらこんなリスクを負わないだろし、こんな嬉しいことはありません。

 

どんなにマニアックな商品だとしてもわたしの様に求めている人は必ずどこかにいます。

 

「自分は異質な人間だ」と思ったとしても、必ず求めている人たちはいることを強みに友活をすすめてみるのです。

 

ギンザシックスの売り方はお客様の見方?

この記事を書いた先日、TVでギンザシックスの販売戦術についてやっていました。従来の百貨店とはちがった売り方の内容です。

 

どう「ちがうのか」言うと、いままでは「不特定多数の人に向けた品揃え」でした。

でもからこれからは「オススメの商品を提示してコチラ(店側)が選んだ品揃えにする」的な話しをしていたのです。

 

その際ギンザシックスの担当者が言ったことばがあります。

 

「お客様に嫌われてもイイ」

 

つまり、

「お客様はどんな商品を求めているのかよく分からないし、一般的に豊富な品揃えにして置けば、ふつうのご家庭では大丈夫なんじゃないの?」

 

って、いままでは考えていたけど、

 

「チェッ!ふつうのワイシャツを買いに来たのに無いのかよ・・」って思われてもいいんです。他所へ行って下さい。

その代わり「他には無いワイシャツならたくさんありますよ」に変えたということです。

 

ココに自分に合った友人のつくりかたの仕組みを見て取れると思うのです。

 

お客さまを選ぶ時代 ≒ コチラが友人を選ぶ時代を更に詳しく

お客様を差別化する販売法とは、実は、お客さまのためになる売り方なのです。

「いまの時代はマニアックな社会になった」と先ほどいいました。これが答えになっています。

 

マニアックな商品を求める人にとって「不特定多数の人が買うであろう商品」とは邪魔者でしかありません。

 

でも不特定多数というくらいです。マニアックな品よりも買ってもらえる確率は高いんじゃないの?って思ってしまいますよね。

 

ふつうの商品とは、どこにでも売っている簡単に手に入る商品です。

 

もはや同じような商品は、いつでもどこでも手に入る時代になりました。(売る人が多く、買う人が少ない状況+スマホの普及)

 

つまり、お客様にこびても買ってくれない時代になったのです。

 

ギンザシックスの売り方を言いかえれば「別のお店に行けばいい」という販売法によって、本当に欲しい品揃えを実現できるメリットになっています。

 

これは「友活」に応用できると思うのです。

多くの人に好かれる(好かれようとする)人間に価値があるのでしょうか。

 

たとえば、「赤いクレヨンを使った画家」の満足を提供しようと考えれば、「文房具店」のような品揃えはクレヨン画家にとっては不便です。

 

ただ赤いクレヨンに特化した品揃えになっている状態が「赤いクレヨンが欲しい人」には望ましい売り方です。

 

一瞬で目的の商品にたどり着けます。

いらない物が置いてないということは、赤いクレヨンに関する品でいっぱいにするメリットに変わるのです。

 

安さを売りにすると、安さを求める客層しかやって来ません。

価格競争に飲み込まれてしまいます。

 

「人にこびる人になる」ということは、「威張る人、人を利用する人を引き寄せる」ことにもなるのです。

そんな友人は毒でしかないでしょう。

 

こっちの都合を押しつけても本当の友人は出来ない

従来の売り方に「囲い込み」という手法がありました。

 

「売ってしまえばこっちのもの」どんな手を使ってでも商品を買ってもらおうとする販売法です。たとえよくない品でも売れてしまえば儲かるらるでしょう。

 

でもそれは一時的な業績です。

お客様がまた次にそのお店に行こうと思うのでしょうか。焼畑農法のように人を変え場所を変え、結局は消える道をたどることになるのです。

 

友活も同じです。

最初だけ違う自分で友だちに近づいても、結局は嫌われてしまうことになるのです。(努力無しでは)

 

自分を変えてまで友人をつくる必要はないでしょう。

 

おわりに

とにかく楽しくなるためには同じような人と一緒にいることが肝心です。

「それでは成長は無いのでは?」という意見もまた間違いではありません。

 

しかしながら、ただでさえ人付き合いはむずかしいものですから、趣味趣向くらいはおなじ人を選びたいものですよね。

 

我慢と忍耐は似て非なるものだからです。

くれぐれも不特定多数からの同調圧力に負けてはいけませんよ?

 

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