へんくつな年配者とどう関わっていけばいいかの理想論

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そうじゃない!

どんなに好意をつくしても「人を困らせる性格の年配者」はいるものです。最近その傾向は増えています。

 

自分の描いた理想とはちがう世の中なのは仕方のない時代の変化です。

 

いい加減、素直になってくれたら助かるのですが、なかなかそうもいかないご様子です。

 

現役世代の若者はどう対応していけばいいのでしょう。

 

「期待するから腹が立つ」ことを考えてみる

  • 与えれば改心してくれる
  • 本当は悪い人なんていない
  • 話せば分かるちがいない

 

そんな願いにも似た想いを抱きつつ、へんくつな相手に対して忍耐のみで関わっている若者はいるものです。

 

しかしながら、その対応の多くは無駄な浪費になったりします。

 

もうその辺で期待するのをやめてはどうでしょう。

 

なんせ相手はへんくつな天邪鬼の年配者。長い年月をかけてつくられた性格を変えるのはちょっとやそっとじゃできないでしょう。

 

「良かれ」としてあげた親切に激怒したり「昨日までの当たり前の習慣」にケチをつけてみたり「急に不機嫌になる人」が、いま何を考えているのかなんて分かりません。

 

難解な問題をいつも正面から受け止めていては、あなたの心がまいってしまうからです。

 

「自分は強い」と思っている人ほど精神は病みやすいものです。なぜなら、極限まで自分を追い詰めてしまう性格だからです。

 

長距離ランナーが最初からずっと飛ばして走っていたらゴールする前に体はボロボロ。スタミナ切れになってしまうのが落ちです。

 

やはり、最後まで完走するための極意とは、どこかで手を抜く賢さではないでしょうか。

 

分かり合えなくて当たり前

誰かを好きになったり、好感を持つ条件とは、その相手に共感するのも基準の1つです。

 

もしかしたら「へんくつ」なその人は、あなたと共感できる部分がないからあなたを受け入れられないのかも知れません。

 

でも仕方ないんですよね。だって全てがちがうのですから。

 

生まれも育ちも子供の頃に遊んだおもちゃも。青春時代に聴いていた音楽も世代がちがうから共通点がありません。

 

時代によって「しきたり」もちがえば「常識」も変わっていくものです。

 

「そもそもがちがう」のですから「思考が合わないのはしょうがない」って考えたっていいんです。逃げではありません。

 

あなたはその相手に「歩み寄ろう」と日々頑張ってきました。

 

色々と試した行動とは実に素晴らしいこと。それだけで十分役目を果たしているのです。

 

他人の心は大自然と同じ。その法則を上手につかう

人は人それぞれ千差万別です。独自の経験と持って生まれた性質によって多種多様な判断を下します。

 

心とは脳のこと。脳は自分の命を守ることを第一に考える様にプログラムされています。

 

その「生きるための仕組」を変えようとするのは、大自然とケンカするようなものです。

 

そんな勝ち目のない戦いをするよりも、自然の法則にそった対応がスムーズにいくものです。

 

わたしは若かりしころ海水浴にいったとき、酔って海に入ったことがあります。その場所は岩場。波が強い海岸でした。

 

その結果、波に飲まれ、波打ち際に強く叩きつけられてしまいます。水の中で「上なのか下なのか」が分からなくなった経験から波が怖くなったのです。

 

そんな事情を友人たちは理解しても「もっと沖の方へ行ってみようよ」友人たちの誘いにちゅうちょしながらも波が高くなる海の奥へと、はねながら進みます。(強がり)

 

「もし大きな波が来て波に飲まれそうなタイミングになったら、戻るよりも前に進んで波の中に飛び込むんだよ!」というアドバイスによって、波に飲まれずに波をやり過ごすことが出来ました。

 

正に逆転の発想。なんて単純な理屈なのでしょう。水面は荒れ狂っていても、水の中はゆらゆらしているだけだと知ったのです。

 

へんくつな年配者も同じです。

へんくつな人の特性を知れば何か対処法が見えてくると思うのです。

 

自分とはそもそもがちがうんだから分かり合えなくて当たり前」と理解することも大切になってきます。

 

様々な条件下で育ったそのプログラム(性格)を変えようとすることが間違えなのです。

 

その「へんくつ」さが出来上がったのは「生い立ちによるもので、自然に出来たものだ」と諦めるほうが楽だと思います。

 

おわりに

本当に天邪鬼でへんくつな人はどこにでもいるものです。何が気に食わなくて何をイライラしているのでしょう。

 

理由の大半は根底にある劣等感がほとんどです。

 

「他人を傷つける人とは傷ついている人」だといいます。かといって人を傷つけていい理由にはなりません。

 

自我むき出しで甘えてくるのは、あなたに期待している一面も秘めています。「信頼したい人」だからこそ相手は八つ当たりすのでしょう。

 

そう考えると、ちょっとだけ優しくなれそうな気もしてきます。

 

お互い離れられない事情なのは相手も一緒です。あなたが責任を感じることもないのです。

 

長いレースになりそうなら、もっとリラックスして向き合ってはどうでしょう。

 

▼ひねくれ者にこびても得るものはありません。
リンク分かり合えない自己中者にどれだけ媚びても時間の無駄だという件

 

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