結婚相手はリッチな人じゃダメ?金持ちに見えても実は貧乏家系だった

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お金は使ってこそお金だよ

 

穀潰し(ごくつぶし)という言葉があるように、

お金についての知識や欲をコントロールできないと、たとえお金持ち家系であっても貧乏家系になる可能性があるようです。

 

今回は、たとえ裕福な家柄であっても一歩まちがえれば貧乏な結末は誰にでも起こりうる、という悲劇の連鎖を王族にたとえてお話します。

 

ちょっと長いので時間があるときにでも読んで頂けたら幸いです。

 

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貧乏になるのは誰のせい?金遣い荒いマインドの誕生

「お金はどーんと使っちゃえ!また入ってくるだろう」

「とにかくお金はあるんだから使っちゃえ!」という考えの持ち主は、なぜ後先考えずにお金を使ってしまうのでしょうね。

 

色々と理由はあることでしょうがここでは、元お金持ちだったころの名残が末代までその影響を残してしまった、というケースがあるようです。

 

「ん・・何のこっちゃ?」ですよね。その辺を事実を元に検証してみます。

 

全ては親の責任か?その財産を「味わう」か「守るか」の教育は大事です!

なぜ先祖代々地位のある家柄や、お金持ちの家系がいまも尚その反映がつづいているのでしょう。

きっと「いまある裕福な状態を維持しよう。守っていかねば」って代々考えて来たからこそ、その状態をキープ出来ているのではないでしょうか。

 

ところが時代は常に動くものです。何かの拍子に状況が変わってしまうことは歴史を見ても珍しくはありません。

 

でも、ある代の人が「お金はあるんだから使っちゃおうよ」って考えて来たとしたら、その人はどうなってしまうのでしょう。

「使う」とは「使うだけ」という状況です。入ってくるための努力ををなまけているのと同じことです。

 

当然、お金はなくなってしまいます。先祖からの恩恵をただ受けていただけですからね。お金についてまったく学んでいない状態ではどうすることも出来ないのです。

 

たとえピンチになったとしても、その人が一代で築き上げた財産だとしたら起死回生のチャンスはあるはずです。

ではなくても、それなりに生きていけることでしょう。お金に対して何らかのセンスを培ってきたからです。

 

そしてここからが肝心なはなし

「うちは安泰(あんたい)だ!」っといってその繁栄にあぐらをかき子供を甘やし育てていたとしたらどうなるのでしょう。

つまり、繁栄を維持し、家を守るための教育をおこたってしまったとういうことです。

 

そしてその結果、受け継がれてきたものを失ってしまいました。

でも子供には何のこっちゃ状況が分かりません。お金が無い状況を理解できないのです。そしてリッチだった生活が忘れない。

 

「何で今日ステーキじゃないの?ドレスじゃなきゃイヤ!」って我慢できません。戸惑い、怒ります。欲を満たすためになりふり構わない行動をしてしまうのです。

 

その本人がこだわるものにはとことんこだわり、そうでないものに対しては、人並み以下になっても、まったく恥ずかしいとも思わないことにもなったりします。

 

■たとえば

  1. 豪華な食事のためなら破れた服でも気にしない
  2. 雨漏れがする家を直すことよりもお酒やつまみが優先だ
  3. 極貧状態でもギャンブルをやめない

 

つまり、モノよりコトを優先してしまう人の誕生です。

「自分の欲求をおさえられない人」になってしまうのです。極端ではありますが結構な割合で存在するのではないでしょうか。

 

わたしのまわりにも当てはまる人が結構いらっしゃいます。「そのギャンブルとか飲み代とかタバコとか我慢すれば、ふつうの生活ができるのにぁ・・」って哀れんでしまいます。

 

ところがどう見ても貧乏な出で立ちなのに本人はまったく気にしません。

なぜなら、既にクリアーしたもの。もうお金持ちな生活を味わってきたし、そんな物欲なんて別に珍しくはないからです。

 

そんな見栄よりでしょ?

 

貧乏だという事実を変えることよりも、お金持ちだったころに味わってきた楽しいことをやめるこができないからです。

 

大げさに言えば、着ている服を売り払ってでも博打を打つ貧乏長屋のさえないオヤジです。

勝ったお金は派手に使ってしまい決して家には入れません。本当に食えない状態にまで落ちてもそのスタイルを変えようとは思わないのです。

何だかんだいって、人の欲って昔っから変わらないんですよね。

 

もっと分かりやすい物語を書いてみましたよ。

 

大族を追われた成れの果て。その結末とはいかに?

 

かつての栄光に執着した人たち

王族の方々は華やかで優雅な生活を代々あいもかわらず送っています。国民からの税金でウハウハの毎日です。

 

ところが国の状況は一変。革命によってその立場は失われていくことになります。それでも賢い王族はうまく生きていきました。

 

しかしこの王族は華やかな暮らしをやめることができません。持っている財産をすべて処分してまで、いままでの生活や王族であった体面を守ろうとしたそうです。

 

そしてすべてをいます。残ったのは「王族」というプライドだけ。

 

いままで生活して来れたのは国民が働いたお金です。お金をもらうことは知っていても稼ぐことなど知しません。かつての仲間もみんな去っしまいます。

 

働くにしても、プライドが邪魔をして大っぴらには働けない。下っ端の仕事などはもちろんできません。

 

「手っ取り早く楽して稼げますよ?」そんなとき甘い言葉で知恵をつけてくれる「いい人」がこの王族の前に表れます。

 

その方法とは、反社会的行為によるお金の作り方です。

 

「これはイイ!ありがとー!」この王族は恥というものをよく知りません。なぜなら、一般人の気持ちなどまったく分からなく勉強もして来なかったからです。

そして「ただ、いままでの生活を取り戻したかった」その素直な欲に負けてしまいます。

 

お金に対して何の教育も受けてこない無知なこの王族を経験豊富な頭のいいペテン師たちにいいように使われその身を滅ぼしていったのです。

結果、いままでとは真逆の底辺の立場にまで落ちてしまいましたとさ。

メデタシメデタシ。

 

この物語の教訓とは?

  • 王族とは(お金持ち家系・親の甘やかし)のこと
  • プライドとは(家柄・学歴・お金・容姿など)自負していること
  • 反社会的行為とは(世の中で良くないこと・マイナスになる行為・犯罪)と言われていること
  • 頭のいいペテン師とは(自得・悪知恵・短期的成功)結局は幸せをこばむ間違った情報たち

 

何か観えてきましたよね?

つまり、お金がない状態を我慢できない心理の出来上がりです。

しかしかがら、中身は同じでも、この様な人とは逆のタイプになる場合もあったりします。

 

コンプレックスが余計にマイナスに働くタイプ

 

いまのはなしの続きです。

コト」に対しての欲を我慢できないと、いつもお金がない状態になるのは否めません。

そんな貧しい家庭で育ったこどもとは、どんな大人になるのでしょう。やっぱり親の影響からおなじ様に貧乏になってしまうのでしょうか。

 

人はどんな人でも向上心を持っています。お金が無いコンプレックスを消すために「裕福になりたい」と考えるのはある意味、健全な気持ちです。

 

でも、いま直ぐにお金持ちになるのはそう簡単ではありません。

 

そこで考えるのが、金持ちのふりをすることです。豪華な食事や派手な服や高価なアクセサリーや高級車を持つことです。

 

一見お金持ちには見えます。本人もなり切ってしまうでしょう。

でもそれは成り切っているだけの芝居と同じこと。こどもがヒーロー気取っても怪獣を倒すだけの力はないのと同じことです。

 

見た目はリッチでも中身は普通の人です。普通の人がお金持ちのふりをしていると、当然出費はかさみます。気づけば貧乏人。

 

入る量が少ないのに使う量が多ければ当たり前ですがいつになってもお金持ちにはなれません。そしてその後もずっと貧しい状態がつづいてしまうのです。

 

■これまでのまとめ

爺さんが没落して、子がそのコンプレックスから起死回生して、また貧乏になった。

ところがところが、これではなしは終わりではありません。

 

「孫」「ひ孫」へと伝染してしまうのか?

親が金持ちで子を甘やかすと「子は稼ぐ手段を知らず、欲にお金を使い続ける」もしくは「見栄にお金をつかってしまう」という仕組みで貧乏になってしまった、とさっきいいました。

 

しかし悲劇はまだ続く場合はなきにしもあらずです。

 

「別にリッチしゃなくてもイイから人並みでいたい」

今度はその子供(王の孫)も同じように貧乏だった日々を忘れられなくて、そのコンプレックスから何でも「人並みに」というマインドになってしまいます。

 

ふつうにお金があるのなら別に構いません。でも、収入が減っても「人並みに」を続けていたらどうなってしまうのでしょうね。

当たり前ですが、貧乏のがけを転がり落ちることになるでしょう。

 

いままでの話を整理。貧乏になる流れの箇条書き

 

王族が家柄のいい家から嫁をもらう

その嫁はお姫様。何もしない人の場合悲劇になる

やがて娘が生まれる

ところが時代が変わり、王は城を追われ一般人になる

それでも王や娘は贅沢をやめられない

そこで王の娘は贅沢できるだけの収入がある人と結婚する

そのお金で裕福だったかつての生活を再現する

やがて王の娘にまた娘ができる

ところが娘(王の孫)が出来てもそのスタイルは変わらない

当然お金が足りなくなり貧乏になる

その生まれた孫娘(王の孫)は貧乏を味わう

王の孫娘は貧乏がコンプレックスになる

頑張って裕福になろうと決意し努力する

やがて同じように堅実な人と結ばれる

やがてまた娘が生まれる(王のひ孫)

家庭をもった王の孫娘は両親(王の娘)とのつき合いをまた始める

そして気持ちは伝染。王家の伝統によって金遣いが荒くなってしまう

 

「お金がたくさんあった生活」と「お金がなかった日々」を行ったり来たりしている流れになっていますよね?

 

その生き方は過去の貧乏体験からの反動

 

人は生まれ育った環境によって少なからずその後の人生に影響をおよぼす、といっても過言でないでしょう。

人は誰かをコピーすることからはじまるのは脳の習性

貧乏だから貧乏になるという意味ではありません。それはミラーニューロンが作用するからです。人は近くにいる人の影響を鏡のように受けてしまうのは、脳が持つ習性だからです。

 

あなたが日本語をはなせたり、お箸を使えたり、お辞儀をする習慣になったのは当たり前ですが日本人の親に育てられたからです。

もしアメリカで育ったとしたら、どの人種の人でも英語を話すことでしょう。

 

そして親とは絶対的な存在です。もし貧乏マインドを持つ人が親だとしたら、自然とその行動を真似をしてしまうでしょう。

行動は習慣になってその人の考え方に変わるのは、いつも見ているものを当たり前と認識する様になるからです。

 

かといって必ずしも結果は同じ結果にはなりません

心理学者アルフレッド・アドラーは目的論を唱えています。

目的論とは簡単なはなし、「人はどんなときでも目的を持っている」という理論です。

 

■たとえば、

「自分が貧乏なのは家庭が貧しかったからだ。だから貧乏なのは仕方がない」

これが結果論の考え方です。

でも目的論はちがいます。

「家が貧しかったからこそ自分は貧乏にはなりたくない」目的を持っているから人によって結果にちがいが出るのです。

 

もしすべてが結果論に当てはまるとしたら、アルコール依存症の親の子はアルコール依存症になるはずですよね?

 

でも人は目的を持って生きているとすれば全ては納得できるはずです。

本を書かないのは「書けない」という理由だけではなく「あえて書かない」場合もあるのです。なぜなら目的が「批判されないため」だったりするからです。

 

もし貧乏思考家系に育ったとしても、あきらめるのはまだ早いと思いませんか?

「お金で苦労したくない」という目的を持った目で生きていれば、少なくとも貧乏にはならないはずですからね。

 

幸せはアナタ次第

なので、もし現在お金持ちだけど金遣いが荒い相手と結婚することになったとしたら、その繁栄を続けられるのかはどうかはアナタ次第という訳です。

 

しっかりとその財産を継承していきましょう。このお姫様の様に豪遊してはダメですよ?

 

おわりに

長々と書きなぐってしまいましたね。

とにかく、貧乏マインドになっている本人は頭では分かっていてもどうしてもやめられないといいます。

 

欲や心の傷というのは本当に厄介です。潜在意識に深く影響を与えているから、習慣を変えるのは並大抵の努力ではむずかしいのでしょう。

 

別に貧乏だっていいんです。こころが貧しい人に比べたら何倍もマシですからね。

 

お金は無いよりあることに越したことはないといいますが、それは正しい答えです。

負の連鎖を続けないためにも、お金は上手に使っていくしかないようです。

 

▼まずは今ある状態をキープすべし!
リンクお金の上手な使い方の基本の「き」は、いつものアレを変えることでした

 

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