子供が生まれたら永住地を早く決めた方がいいのか?転校経験者の苦悩

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結婚して子供が生まれると、どこか”一生住める場所”について考えるものです。

 

そうなると、「いつ、どのタイミングがいいのか」「どんな地域で暮らすのか」と迷うでしょう。

 

大人だけなら損得でものを考えばすむ話だけど、子供がいるとなると、そうもいきません。

 

我が子の気持ちを考えずに大人の都合で引っ越しをすると、どんな子供の未来が想定できるのでしょう。

 

後半、わたしの転校事情を書いています。

 

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子供が小さい内に一生住む場所を決めた方がいい理由

子供とは乾ききったスポンジの様なもの。何でも迷わず吸収してしまうから。正しいとか間違っているなんて分かりません。

 

そうなると子供が小さい内に影響を与えるものによって、人格がつくられていくってことになる。この世の最初の案内人の役割はすっごく重要になってくるでしょう。

 

大人だって第一印象で人を判断しがちです。最初の情報を正しいって考えるもの。慣れない行動を脳は嫌います。いつもと同じがイイんです。

 

(家柄・お土地柄・お国柄)その場所によって風習や、しきたりは変わります。独自の文化は生きるための遺産です。

 

たとえば、ある日、子供が”友達の家にお泊まりした”とします。晩ご飯にビーフシチューをごちそうになりました。

 

「え?具の肉がちがう!」ところが泊まりにいったこの子は驚いてしまう。なぜなら、この子供の家のビーフシチューのお肉は鶏肉だったから。対して泊った家のビーフシチューは牛肉だったから。

 

きっと牛肉は高価だし安い肉はかたい。煮込むのも時間がかかってしまう。だからお母さんが考え出したのでしょう。

 

ビーフシチューの具に牛肉をつかうのは当然です。でも小さい頃からそう育ったら、それが当たり前だと思ってしまうものなんです。

 

大人なら直ぐに理解し受け入れるでしょう。けど相手が小さなお子ちゃまだとしたら「フン!こんなのビーフシチューじゃないもん!」って食べてくれないかも知れない。

 

自分が常識だと思っていたことが実は間違っていた。他の場所では非常識。いままでインプットされていた生き方を書き直さなくては、おかしな人になってしまう。

 

この軌道修正って実はすっごくストレスになる。大人でも大変です。ましてや相手は小さな子供。性格によっては、正しい変身が出来ないで悩んでしまう子もいるのです。

 

そうなると、親の責任は重大ですよね?だって子供は親無しでは生きられない。親について行くしか無いからです。

 

もちろん遺伝子によっても変わるでしょう。けれど”育った環境によって性格はつくられてしまう”とわたしは思っています。

 

だから引っ越しは、できるだけ子供が小さい内がいい。

 

何でそう考えるのかと言えば、わたし自身、子供のころに住む環境が変わってしまった経験があるからです。

 

言葉も違う。知り合いもいない環境は、ある意味では地獄

もし「2歳の夏、車に引かれはぐってから車を見るのもダメなんです」の記憶を引きずって生きている人がどれだけいるのでしょう。

 

そんなの若すぎて覚えてないですよね?でも小学生の頃だったらトラウマになる人もいるんじゃないでしょうか。人の記憶ってそういうものなんです。

 

わたしは二度、転校をしています。最初は小学校低学年。続いて小学校の高学年の卒業間際。

 

転校した先と、それまで住んでいた環境とのギャップがトラウマになり、いまのわたしが出来ていると思っています。それほど転校の影響は大きかったのです。

 

【第一の関門】いままでの自分を手放す

わたしは元々リーダータイプの人間です。勉強は出来ないけど絵が得意なクラスの人気者。お笑い要素の強いガキ大将タイプでした。

 

エピソードとしては、背の低いわたしはクラスで背の高く足が速い友達と、自分が勝つまで競争したことがあります。

 

日が暮れるまで何度も競争していた。相手の子も「もうやめようよ・・」って困られたこともありました。

 

「このわたしが負けるなんて許せない」子供の世界の上位カーストは気が強い人間です。背が高く力があっても、勝ち気なわたしには敵わないと思ったのでしょう。

 

そしてわたしのお別れ会のとき、クラスのみんなも先生も泣いてくれました。まだ7歳です。わたし自身も納得はいきません。この場所を離れたくもなかったです。

 

【第二の関門】言葉の違い

そして転校した先の学校に行きたくなくて登校拒否をして親を困らせてしまいます。

 

「いやだよー!行きたくない!」泣きながらしゃがみ込むわたしの手を母は引きずります。転入先の学校の外の廊下の記憶はいまでも覚えています。

 

標準語県内に住んでいたわたしにとって北関東のなまった言葉は理解不能、怖かった。

 

人はみんなと一緒であろうとする生き物です。自分だけ違うという状態は、間違った人。「お前らがおかしいんだ」とその先でいっても通用しないのです。

 

変わったものを排除しようとする習性もあると、イジメられる恐怖が湧いて当然なのです。

 

特に怖かったのは先生がわたしに対して「○○小学校へ行っちめぇ!(前の学校へ帰ってしまえば?)」といいながら叱られたことです。

 

この辺はハッキリと覚えてないけど、多分、いつまでも過去を引きずっていたから。教科書の進む具合もちがいます。メソメソしたり、授業を受ける態度ではなかったのかもです。

 

転校先がいやだったというよりも、前の場所が良すぎたんだと思う。自分らしくいられたからです。わたしは輝いていた。友達は引っ越した先に何度か遊びに来てくれました。

 

友達をつくろうと一生懸命

でも生徒はちがって受け入れ体制だった。「いまは何ページだよ」と隣の席の子が、わたしをサポートしてくれました。

 

いま振り返ると、その土地は工業団地なのもありサラリーマンの家庭が多かった。転勤が多い環境でちがう文化にも慣れていた。閉鎖的な田舎の戒律が無かったからだと思うのです。

 

最初に友達になった子は、わたしよりも半年後に転校して来た生徒でした。この子も明るくスポーツが出来て、関西弁のハッキリした性格でした。女子にも人気がありました。とても馬が合ったのです。

 

そして進級して環境が変わると(クラスメイト・担任)いつのまにか遊びのリーダーに返り咲きました。やっぱり子供です。バカで面白いやつを放っては置かないのです。

 

「うちにお菓子があるから食べに来ない?」何とか友達を呼びたくて、与えようと必死でした。とにかく遊び相手が欲しかった。そのためのサービスを試行錯誤していたと記憶しています。

 

「わたしにも描いて~♡」当時流行っていた女子むけアニメの似顔絵を描いて、女子に追いかけられたこともありました。

 

引っ越すなら「同じ県民性」の場所がいい?

【第三の関門】ネガティブな県民性

ところが、その後小6の年末にまた引っ越すことになってしまいます。その場所こそが、いまわたしが住んでいるところです。

 

引っ越した先の生徒達にとってわたしの経歴は分かりません。バカで面白く負けず嫌いのリーダーという個性のこと。

 

最初の転校と同じで、最初の年は同じ様に受け入れてもらえません。前の学校のときと同じ様に、わたしは与えることをしてしまいます。

 

「でも、また直ぐに友達も出来て自由にやっていける」と考えていました。人付き合いの新規開拓マニュアルを子供ながらに取得していたからです。

 

当時わたしは色々なデザインの鉛筆をたくさん持っていました。買ってもらったのと記念にもらった鉛筆だと思います。「この鉛筆あげるよ!」たくさんあるし、友達をつくるキッカケが欲しかったからです。

 

「これもいいの?」隣の生徒は毎日のように鉛筆をせびる様になってしまいます。結果、大量の鉛筆をあげてしまいましたよ。何としてもコッチを振り向いて欲しかったんだと思います。

 

そんなこんなで同じ様に、環境が変わるとクラスのお笑い担当者になり受け入れてもらえる様になったのです。

 

【第四の関門】変なシキタリの様なものがある

でもこの場所はちょっと違う空気がありました。出る杭は打つ。みんなと一緒が良い。前に出過ぎてもダメ。遅れても叩かれる県民性だったのです。そうやって仲間意識を高めること、つながることでやってきたのでしょう。先祖から。

 

転校マンなわたしにとってはプログラムされて無い新たな概念です。貧しかった時代の生きるための知恵なのでしょうか。

 

わたしはどうもこの考え方が性に合わない。何で新しいことをやってはいけないのか。誰が言っても誰がやっても上手くいけばそれでいいって思うのです。

 

つくづく思い知らされたのは、地元の人が多い職場で働く様になってからです。それまでは独りトラックを運転していたし、青春時代は別の地域の気の合う仲間としか遊ばなかったから。

 

ほんと一々、空気読みをしないとイケない感じだし、無意味な配慮によって、仕事のさまたげにもなっています。つながりは大事だけど、個人をしばってはいけないのです。

 

後半はちょっと愚痴ってしまったね。

 

ですが、「郷に入っては郷に従え」を子供のころに味合わせるのは可愛そうです。よく「小学1年生からちがう学校に通させる」ことがあります。わたしの子供もそうでした。

 

入学式を終えてたお子様が、教室にもどってイスに座って周りを見渡しても、誰一人として知り合いがいないシチュエーションを想像して見てくださいよ。

 

おわりに

子供にとって突然環境が変わってしまうのは事故にあうようなもの。避けようもない事件です。

 

木を植え替えるにはリスクがあります。下手をしたら枯れてしまいます。植え替える時期もあるし、植え替える場所は超重要です。

 

大きく育った樹を移し替えるときに根回しをします。根を短くカットして麻袋や縄でまいて、別の場所で育ちやすくさせるための工夫です。

 

樹は種や葉っぱが落ちて、そこから芽が出て大きく育つのが自然の流れです。

 

確かにちがった環境は人生の経験が積めるでしょう。わたし自身、色々な角度や、自分とはちがう立場の人の気持ちも指し測るスペックを取得したと自負しています。

 

ですが、正直、どこかスレています。いつも心にあるのは、自分の場所を求めることです。

 

ふる里が無い状況です。どうしても、いまの土地に郷土愛なんて持てません。やっぱり、最初の街の想いが心のどこにある様な気がします。

 

もし、引っ越す計画があるとしたら、子供の記憶が薄い時期にした方がイイって実感しています。

エッセイ
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