
本当に不運なのか?
今年わたしは2度タイヤをダメにしています。
自身の性格はモノグサで、面倒や判断は先送りにしがち。結果、いつも追い詰められる羽目になるのが落ちです。
けど今回は落ち込まず、起こってしまった出来事に一喜一憂することなく冷静に対処。くよくよもありません。その考え方をご紹介します。
「悪い事」とは良い事のキッカケ。逆もまた同じ事
人って悪い結果になると、どうしても「ついてない」って考えてしまいがちですよね。
わたしはいつもネガティブハートに囚われ、ながく引きずるタイプの人間です。
けど最近ちょっと変わり始めてます。その理由はある言葉を知ったから。
その言葉とは『人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)』。
その意味は、
人生の幸不幸は予測できない。不幸な出来事が、実は幸運のキッカケ。
ラッキーが引き金で、後に不幸となる。という格言です。
■『塞翁が馬』がうまれたエピソードを簡単に箇条書きにすると
- その昔、ある男が飼う馬が逃げ出す
・村の衆=「災難だ」
・男=「幸運が来る」 - その後、立派な馬を引き連れて馬が帰ってくる
・村の衆=「幸運が来た」
・男=「災いが来る」 - その息子が乗馬の練習中に落馬して足をケガする
・村の衆=「災難だ」
・男=「幸運が来る」 - やがて国が戦争になる。息子はケガで徴兵をまぬがれる
このエピソードを読んでわかる様に、良い事・悪い事とは、いつどうなるのかは予測不可能だよ?ってことが分かるかと思います。
だからわたしはタイヤがパンクしたとき「これで良かった。このタイミングでパンクして良かったんだ!」と落ち込まずにすみました。(〃∇〃)
それは物事の良い方を見ることが出来たからでもあるのです。
出来事の『良し悪し』は自分が決めている
そして、「この世の出来事に意味は無し・ただそこにあるだけ」と言われるのは、起きた出来事に、その人自身が意味づけをしてるだけだから。
たとえば、「新型コロナで自粛制限」も人によって捉え方は千差万別。ある人は、外で遊びたいし、ある人はインドアで全く影響なしだったりもします。
その人にインプットされた「こうあるべき・こうあってはならない・こうあってほしい」固定観念が幸不幸をジャッチしてるともいえます。
ただ、こういった思考癖を今直ぐポジティブに変換するのは難しく、時間もかかるかと思います。
もしピンチに遭遇し「何でいつも自分ばかりタイミング悪い!」って思い詰める連鎖に巻き込まれそうになったなら、この『塞翁が馬』を思い出してみてはどうでしょう。
おわりに
最後に偉人名言を、
人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。
by チャールズ・チャップリン
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