やりたい趣味があってもお金をかけられない。やるべきか?悩む

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人には様々な事情があるものだ。やりたい趣味があっても、そこにお金をかけられない人もいると思う。

今回わたしは、保留していた趣味を、ひょんなことから「やっぱコレやりたい!」と強く思う様になった。そんな話。

楽器は上達すると面白い

最近YouTubeで、自分が青春時代に流行っていたバンドのコピーをする素人バンドを観るのが、わたしのマイブーム。

30年以上前の少年少女たちが輝いていた。中には昔の曲をカバーする若者たちもいる。名曲に世代は関係ないのだろう。

いいよねバンドって。わたしも元バンドマン。といっても趣味バンド。始めたのは、中3の時の文化祭がきっかけ。ドラムを担当した。当時は空前のバンドブーム。BOØWYやREBECCAあたりが人気だった80年代後半。

話を戻すと、ノンアルでいい気分になりながら、当時流行ったコピバンを観ていたら触発された。

まぁちょっと弾いてみるくらいの気持ちで、納戸にしまってあったギターを引っ張り出して実際に弾いてみた。

するとどうだろう。あれ?弾きやすいぞ・・

何年も前から早弾き的な弦移動をするときに、ピックが弦に引っ掛かるようになっていた。それがなぜか引っかからない。何で?

習い事をやっていると、こういう進化が突然やってくるものだ。

ドラムのツーバスもバンド練習のとき、その感覚は突然つかめた。そのときメンバーは休憩で部屋の外へ出て行った。けど、わたしはその感覚を忘れない内にと、16ビートを踏んだことが懐かしい。

そして、しばらくぶりにやってみるとレベルが上達していたことは不思議な現象だ。そんな経験、誰でもあると思う。

実は以前は、弦に引っかかる様なことはなかった。そんなのは初心者だった学生時代に、とっくにマスターしている。

なぜかというと恐らく、アンプを通さない生音や、ダウンチューニングのため、太くした弦や、それまで触った経験の無い形状の弾き慣れないギター(24フレットのフロイドローズ)によるものだと思う。

生音は音が聴こえにくいので、弦を強く弾くので力んでしまい、変な癖がついていたのだろう。

それがノンアルを飲んでほろ酔い気分になったことで力が抜けたことや、長期間のブランクによって、本来の感覚を思い出したのかも知れない。

そしてギターを弾く前に、ギターを演奏する動画をずっと観ていたので、無意識に、その人の弾き方を真似ていた可能性もある。

何はともあれ我ながら軽やかな弦さばきに、「デキる!」「楽しい!」と思わず惚れ直しニンマリ。といっても私史上のレベルの話・・。

そして思う様にギターを弾けた体験を味わうと、今度はアンプを通し歪んだ音で弾きたくなるのは当然の欲求だ。

実はもうギターを手放すつもりで過ごしていた。正直にいうと、もし欲しい人がいれば安く譲るつもりでいた。

しかしながらヤフオクやメルカリもやったことがないし、いきなり高額商品を取引するのも怖いよね。そんな訳で保留していた。けど今回の出来事によって心変わりをした。

その時の自分に必要なものを大事にする

このギターを買った当初、知り合いの使ってない古いアンプを借りて弾いていた。借りている身でいうのも何だが、音がこもっていて、綺麗とは程遠い代物でもある。

わたしは約10年前のその当時、会社で必要な、ある国家資格が合格したら、そのご褒美に、自分にとっては高額なギターアンプを買うつもりでいた。

試験には受かったが、結局アンプを買う踏ん切りがつかず躊躇。夢はお蔵入り。

色々理由はあるが、その当時、学生時代に組んでいた友人たちとバンドを再開したことが大きいかな。

そして再開の発起人は他ならぬ自分。そしてわたしの担当の楽器はドラム。集中すべきはギターではない。

それではせっかく集まってくれた仲間に失礼だし、やっぱドラムはいい。全身をつかったリズム運動はメンタルを回復してくれた。

長い間バンドから離れてわかったことがある。それは、ギターを弾くよりも仲間と戯れることに喜びを感じていたことだ。

ところがその後、バンド活動はまた休止状態になった。子育て期間の人。昇進して忙しくなった人。転職して環境が変わった人。メンバー共に時間が合わない。

住宅ローンの支払いでお小遣いも限られている。家族想いのメンバーは週末は忙しい。バンドの優先順位は最下位になるのは仕方ない。いつの間にかフェイドアウト。

結局わたしはバンド活動が好きというよりも、誰かとの繋がりが欲しかったことが身に染みて理解した。

つまりこの当時の自分に必要だったのはギターではなく、元気を与えてくれる仲間の存在だったのだ。

自分の中の「中途半端」を成仏させる

でも今はバンド活動は休止状態。友人たちとの縁も途切れたまま。それぞれの道を歩んでいる。別に喧嘩別れした訳じゃない。

そしてギターは部屋の納戸の中。たまに弾くだけの道具と化している。わたしはメタル系が好きなので、音に歪みがないと弾きごたえもなく実につまらない。まるで音の出ないピアノを弾いている様だ。

ギターを買った当初わたしが考えていたことは、毎月ギター関連のアイテムを少しづつそろえてくことだった。

実際、シールド、ギタースタンド、チューニングアイテム・・などを買い揃えていったが、ワクワクしたものだ。

とは言え、いま冷静に考えると、今の自分にとって必要な買い物とは楽器ではない。

新しいスマホ、もしくはデジカメあたり。これはブログにつかうので是非とも欲しいアイテム。対象物を拡大して撮影するときピント合わせに一苦労している。画質も高くしたい。ユーザー満足度のためにもなるし、その効果は時間差で後になって自分に返ってくるのは承知している。

確かにブログは好きではあるが、どこか義務というか任務というか、仕事的な要素になりつつある。脳汁が出る様なご褒美とは、また違う喜びだ。

そして家族にもお金をかけるべき時期だと思うし、与えることで自分の気持ちが満たされることも知っている。

でも楽器を演奏したときの充実感は、それらとはまた違う快感を与えてもらえるし、充実感はたまらなかった。久々にストレス解消した!と思った。

この感覚は以前にも体験した覚えがある。それは社会人になってから復活したバンドの練習をやった翌日、会社での心理状態が、とても爽やかだったこと。

社会人であることを忘れ、気持ちは学生時代に返ったかのようにテンションは上がっていた。これって健康にとってもすごく大事だよね。もしギターを弾く様になったとき、この感覚が毎日続くとしたら毎日が日曜日みたいだ。

こんな気持ち、もう何年も感じたことがなかったが、先日ギターをうまく弾けて、どのアンプがいいか?とネット検索したことによって、大人の事情的な思考がリセットされ、ストレス解消され、心が満たされたのだろう。

何よりも、今の自分がやりたいことをやっている人たちが画面の向こう側にたくさんいたこと。「これ、やってもいいんだ!」っと、何か救われた気がした。

ところが色々と損得勘定が働いて、趣味のアイテムを買うことを、ためらってしまうことがあると思う。

もしその趣味を続けられなくてもいいし、そなったらまた軌道修正すればいいだけ。

「それやってどうなるの?だから何?」って言われても気にしないようにする。

今の自分は何をやりたいのか?

何を望んでいるのか?

今の自分の心を癒してくれるものは何?

心の渇きを潤してくれるものは何?

頭で考えるのをやめてみる

心のままに素直に正直になってみる

その心の中のモヤモヤを解消してあげる

自分が本心で望むもの、それは「諦めたもの」の中にあるかも知れない。

今回の件は、一時停止していたビデオをまた再生させる様に、諦めた何かを再起動させる様な気がした。

おわりに

ギターアンプすごく欲しくなった。

▼遂にアンプを買いました。

金無し中年おっさんが久々にギターを再開。買った小型アンプにメロメロな日々
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