突然のメンタルダウンから自己治療開始11年

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わたしはシフト勤務をしていて、今日からが朝〜勤務のスタート。

朝から勤務の週は、朝4時45分に起きて腹筋を日課にしている。

今日も朝から腹筋メニューをこなした。

以前は4時に起きて、近所の公園でウォーキングしたり、読書をしていた。

その内、家を早く出て、会社の近くの公園を散歩したり、車内で本を読んでいた。

その理由はメンタル不調を何とかするため。

仕事中、突然、その症状に襲われた。

本来なら労災だ。ゆっくり休んで回復するのが正しい選択なのだろう。

でもわたしは、そんな弱い自分を認められず、人に弱い自分をさらけ出す勇気が無かった。

いままでカッコつけて生きてきた自分が、かっこ悪い姿を見せられない。

そして家族を養うことや家のローンなどの収入面を考えると、弱音を吐くわけにはいかないと考えた。

ところが年々、新たな症状が追加。かなり生き辛くなったが我慢した。

気が強かった自分がまさかの境遇。弱い立場の人達の気持ちを、身を持って心の底から理解した。

自己治療のかいもあって、何とかひどい症状を封じ込めることに成功。

発症当時はまだ激しい運動に耐えられる肉体や心理状態ではなかった。

少し運動するだけで動悸が必要以上に強く出てしまう。

あれから11年。

いまでは山を駆け上がったり、普通に筋トレできいるまで回復した。

いまでも緊張する場面になると、心臓が冷っとするのはまだ治ってない。

ただ症状はかなり弱く短くすることが出来る様になった。

発症当時は、そのドキッとしてから何日も動悸が続いた。

夜中に目が覚めると動悸はすごかった。これでは太るはずがない。心臓はずっと走っている状態。

もうこれは医者に行くレベルだったが、わたしは行かず自己治療の道を継続。

良書を読んで正しい思考を学んだり、メンタル系の本やウェブサイトを貪る様に読んで、ポジティブになる様、常に心がけた。

すべては認知の歪み。それまでの思考データの書き換えが必要。

そしてこれまでの自分の考え方の間違いが、全ての原因だったことも理解した。

原因があって結果がある。

肉体は心の召使い。

ここ最近では、公の場に立つ機会が続き、少しだけ自信がついたのか、慣れたのか、「上がり」に対して免疫がついてきた様だ。

よくここまで来たものだ。

これが良かったのかは分からない。

いままでの自分からは考えられない習慣だ。

そして物事には必ず2つ以上の側面がある。

漫画すら字を読むのが嫌いで、絵だけ見るような人。それが本を買う様になった。

掃除・整理整頓する様にもなった。

誰かの攻撃に合っても落ち着いていられるように成りつつあるし、相手の心の理解につとめるようにも成りつつある。

そしてお酒を断ってから今日で494日目。コーヒーも同じ理由で止めている。

自我のコントロールこそが幸せの鍵であることも知った。

悪いことが良いことへ変わった。

そしてブログを立ち上げたのも、それがきっかけになっている。

1つ前のブログにはその当時の思いをたくさん書き留めた。

文章を書くなんて考えられない変わりよう。

リアルでわたしを知る人から見たら、信じられないと思う。

きっとこのブログを見てたとしても、「まさかあいつな訳がない」と思われることだろう。

「この世の出来事に悪いことなど何一つ無い。必ず良い方へと向かっている」というが本当だ。

悪い出来事を悪いままに終わりにするか、良い出来事に変えるのかは自分次第。

肉体は、暗く汚れた思いにつきしたがい、病気や衰退へと沈んでいくこともすれば、楽しく美しい思いにしたがい、健康と若さを身にまとうこともします。

悪意、皮肉、疑い、羨望などで心を満たしつづけているとき、人間は、みずから創りあげた牢獄の中に、みずからを閉じこめているようなものです。

いっぽう、つねに愛に満ちた思いをめぐらしながら、あらゆる人に好意を抱き、あらゆる人と楽しく接し、忍耐をもってあらゆる人の中に良いものを探しつづけることは、天国への王道です。

原因と結果の法則

『原因と結果の法則』は、1902年に発行された本。

全世界で2番目に売れ続けている書籍だという。

100年前の言葉に、わたしは今も助けられている。

ありがとうジェームス・アレン。

おわりに

悪い出来事でさえ、それが良いことの出発点。

全ての出来事は、その人や状況や時代に必要だから起こっている。

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