「出世の見込みがなくなった」とは、ある意味、自由を手にれた様なもの。
本来の自分を取り戻せるチャンスが来た状態です。
最近わたしは別の部署の上司とすったもんだありました。でも後悔はしてません。
これからは、もっと自分を大事にする決心をしたからです。
そのストレス対処法がストレスを生む?人はいつからでも変われるもの
- 人として間違っている
- どう見ても不合理だ
- そのままだと絶対上手くいかない
それでも会社の決まりに従うのがサラリーマン。きっとあなたもそんなバカなルールや、結果につながらない指示でもイエスマンを演じていることでしょう。
だって逆らってもいいことはないからです。結局、組織にいる以上、長いものには巻かれた人(フリ)をする人が生きやすい世の中だからです。
ですが、あなたはもう出世する見込みがなくなりました。それなのに、いつまで会社ごっこに付き合うのでしょうか。
ストレスにならないための対応が、実は、さらなるストレスを生んでいる場合があるものです。
もうあなたは自由です。給料を下げられたり、遠いところに飛ばされる危機があるなら別ですが、そうでないなら、なにも理不尽を我慢する必要はありません。
この際です。少しずつ本当の自分を取り戻していきましょう。素の自分でいられればストレスにならないものだからです。
あなたが勝手わがままを通しているわけじゃないのなら、ここは一つ、もっと自分を出しましょう。合理的に考えてもいいんです。
「あいつ変わったな。何だ、出世できないとわかったら態度変えやがった」って思われる恐怖もストレスだと思います。
わたし自身、「あいつ性格悪い」って思われたくないことに必死でした。出世騒動、以前よりも、終わった後の方が自分をよく見せることに必死でしたからね。
「そこまでして守りたいものって何だったのか」時間が経って振り返ってみると、「そこまでして守るべきものではなかったな」と感じています。
「その脅迫観念」や「他人からよく思われたい欲」を受け入れたその先には、ちょっとした安らぎがあったから。
「もう昇進しないから面倒な仕事はやりません」とか、自分の都合を主張しているならそれはダメです。
ですが、モラルを外したことをされたまま我慢した結果、もし体を壊したとしても責任は自分。結局は自分が損なだけだから。
「あなた」という人間をもう一度ブランディングしてみましょうよ。
あれもこれも自分を通すのではなく、「これだけはゆずれない部分」を態度で示すのです。
「あぁこいつは大人しいけど、これをすると逆鱗に触れるんだなぁ。深追いはデメリット。止めとおこう」って考えるのは、相手も同じサラリーマンだから。
わたしもついに堪忍袋の緒が切れる出来事がありました。いつもは忖度(そんたく)主義なわたしです。が、後先考えたからこそ強くでることにしたのです。
大人しくしていると横柄な態度になる人はいる。人として間違っているから「感情」をぶつけてみた
■「どんな出来事か」をわかりやすくするため「本屋さん」に例えてみます。
わたしにはたくさんのエリアに行って「本棚に新しい本を入れる作業」があります。そしてエリアごと、そこを統括する役職がいます。
上の棚は高く、そのままでは届きません。脚立を用意してから本が入ったダンボールを取りにその場を離れました。
もどって来ると、このエリアの役職の人がわたしが段どった脚立を使って何やら作業をしています。
わたしの心境と期待
- あぁ使いたかったんだなぁ
- 本来わたしの部署の人間が使うために買ってもらった脚立だけど、誰がつかっても減るもんじゃない
- 使う人もいるかも知れないから、本を用意してから脚立を使うのがマナーだったのかも知れないな、反省
- きっとわたしが帰ってきたら返してくれるとか、何らかのリアクションはあるだろう
的に仏心な自分の成長に自画自賛していたのです。
ところが、一向に脚立を返す素振りもなく、作業に集中しています。こちらを見向きもしないご様子です。
別に急ぎではないし、その作業が終わるのを待ってもよかったけれど、通路に本が入ったダンボールを置きっぱなしではよろしくないし、次の仕事も待っています。
「すいません。どのくらい時間かかりますか?」
しびれを切らしてその役職の人に話しかけるとにします。きっと、こんな具合に返って来ると想像してました。
- 「あ!ごめんね。直ぐに返すよ」
- 「悪いね!もう少しだからちょっと待っててね」
もし、時間がかかるなら、ちょっと遠いけど、他の場所にある脚立を取りに行ってもいいって考えてました。何でも、与えることで返ってくるものだからです。
ところがです。正に上から冷たい目線でわたしを見下ろしながら、うんともすんとも言わず、黙々と作業をしてるだけ。
一瞬考えました。「文句をいっても後先仕事がやるずらくなるだけ。ここは待つのが賢明」
ですが今回「こみ上げてくる怒り」を抑えることが出来ません。てか、「ここで我慢したら結局はずっと同じ態度をとられてしまう」と思いました。
そしてその怒りとは、少し前にこの役職の人は自分の横柄さによって大きな事故を起こしたのにも関わらず、また同じ様な態度でいることに腹を立ててしまったのです。
詳しくは書けませんが、先に作業をしている人がいるところに、物損事故を起こしてしまったことです。
「俺が来れば避けるだろう」と「忖度が効くと思った過信から来た事故だ」とわたしは捉えたからです。反省してはいなかったのです。
そうなると、正義感が湧いてきます。
怒るではなく、「叱ってあげよう」このまま、古き悪しき者たちをのさばらせてはいけない。
後輩も一緒にいました。利口じゃないわたしを見せるのは本当にイヤな役回りだし、後で噂になるリスクもわかってます。それでも注意してあげました。
役職とのやり取り
わたし:「脚立使いたいんですけど・・」
役職:「は?」
役職:「いま使ってるから!」
わたし:「自分が使おうとして段取りして置いたのをあなたが勝手に持ち出したんですよね」
役職:「じゃー使ってもいいよ」
わたし:「(使ってもいい)ではないでしょ?わたしが先に使おうとして用意して置いたんでしょ?」
役職:「だから使っていいってば!」
わたし:「だから俺が使おうと用意して置いたものを横取りして置いて(使っていい)とは何ですか!!!」
結局、こわばった顔つきで脚立をわたしに返却。スタスタとどこかへ行ってしまいました。こんなやり取りをしてしまった。
この役職の心境は本当のところはどうだったのか
「このエリアは俺(役職)の縄張り。俺が使って当然。文句あっか!」なのか、
「老人性痴呆症で単に忘れてしまっただけ」のか、
「こいつ生意気。イジメてやろう。お前の時代は来なかったな?」なのか本心はわかりませんが、
「じゃー使ってもいいよ」という表現だと、
「俺(役職)が先に使っていたけど、若い生意気なヤツともめても同じレベルになるだけだ。勝ちを譲ってやるよ。俺って人間できてるヤツ。ハッハッハ」の意味になっちゃいますよね。
その役職の人と翌日、再開
後日その役職に会いました。何か気まずいです。いままでのわたしなら「昨日はちょっと熱くなっちゃいってすいませんでした」って頭を下げるのがお約束の流れです。
ところが、相手(役職の人)は「昨日は悪かったね」って通り過ぎざまに笑顔で誤って行きました。
「俺って人間が出来てる。上司の鏡」と思ったのか「本当に反省したのか」のかは分かりません。が、とりあえず平社員のわたしとしては、またこのエリアで仕事しやすくなったのは事実です。
この役職の人を「したたかで頭がキレる人」といった人がいます。後で何かあるかも知れません。でも、
「モラルやマナーや倫理違反をするとコイツはキレるヤツなのは変わってなかった」というわたしのブランディングを取り戻すきっかけにもなりました。
おわりに
「人」とは本来、感情的です。短気は損気なのは誰もが知ることでしょう。そこからたくさん学べます。
かといって「いつでもどこでもイイ人」が自分にとって真にプラスになるのでしょうか。ちがう自分を演じるのは本当にストレスの元です。
少しずつ本来の自分と現状を照らし合わせて、新たな自分作りをしていこうと思いましたよ。
もっと探してみる