不仲となった相手が急に退職することを知ったので最後のお別れを言った日

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わたしの職場はいくつかのグループに分かれて業務をする仕事。

今回、定年退職することになった年配者のAさんとは、以前同じグループで働いたことがあった。

Aさんを一言でいうと、明るく元気。人見知りなし。おちゃめで冗談好き。遊び好きで仕事大嫌い。腰は低いがプライドが高い。武闘派の策士。二枚舌な巨漢。

とにかく自分が楽をするためならどんな手を使っても平気な人。恥じらいがない。

例えばAさんはお土産を買ってきて職場のテーブルに置いたことがあった。

「コレ食べちゃてね」とAさんはわたしに言った。でAさんは自分が買ってきたお土産を確認すると最後の一個。

「最後だから食べちゃうね!」と目をそらし不機嫌そうに言い放ち、わたしの目の前でぺろりと食べ、その場を去った。

みんな上手く載せられて良いように使われていた。とにかく白々しく持ち上げる。

自分がやるべき仕事でも、わざと遅く行って、相手にやらせる。

仕事中に長電話。しびれを切らした同僚達はAさんの分の仕事をやるしかない。

そして「すいませんね。やっぱり若いから動きが機敏!」と笑顔でおだてニヤリ。そんな人。誰も敵わない。

何かあれば若い時期にありがちな「外に出て話をつけようか」と脅すことをしたという。

本人は武道経験者なのと、喧嘩しても仕方ない。関わる方がアホだからみんな大人になっている。

そんな人。だからこそ誰も上司でさえ手に負えないでい存在。

そんなわけでAさんには歯向かう人は誰もいなかった。

ところが60歳も過ぎ契約社員となったAさんも自分が弱い立場なのは知っている。

世の中には色んな人がいる。

先輩後輩。新人古株。自分を低く言う。謙遜する。相手の顔を立てる。そんな昭和人思考を持たない人。Aさん節が通用しない人もちらほら増えてきた。

時代の流れによって、本人は本来の自分を抑え、かなり大人しくなっていた。

そんな中、新たにグループ替えの時期がきて、いままで一度も組んだことがなかった新しい組み合わせになったことが数年前にあった。

もうAさんを忖度するメンバーここには居ない。そんなわたしも、以前退職したモラハラ年配者に鍛えられた身。

当初Aさんは非常識な行動をしていた。けどわたしは「最初が肝心。ここで受け入れたらズルズル相手の思うつぼ」情が移る前に、正当な理由を語って、きっぱりその行動を止める様にお願いした。

Aさんは驚いた様子だったが、わたしのはっきりした態度にあきらめて素直に従ってくれた。

内心どうなるか分からなかったが、もしその行動を改めなかったとしたら、「一緒に仕事は出来ません」と上層部に抗議するつもりでいた。

もう二度とモラハラ人の様な人間を作らないためにも。もう嫌われる勇気を身に着けたわたしにとって恐れるものは何もない。

モラハラ人との格闘の末、わたしは強くなった。

そして困った時に我慢せず、しかるべき何かに声を上げることが出来るようになり、

相談や報告を「負けた」や「告げ口」の考えを改め、弱い自分をさらし出せる様に多少強くなった。

Aさんの年齢や重い体重というハンデはあったが、えこひいきせず、可愛そうだが厳しく接した。

Aさんもわたしに合わせてくれる様になった。

本人も「はい。わかりました」「自分は下っ端ですから・・」と口にして、自分をさげすんだ。

本人も覚悟をしたのか、かなり丁重になっていた。Aさんはかなり我慢をしているのがわたしにはよくわかった。

そんなAさんに対して、大雑把な扱いをする先輩が居た。

たとえAさんが普通にやっている仕事がごく当たり前の行動だとしても、Aさんにとっては自分を変え、我慢している状態。なぜなら今までたっぷり甘やかされて育ったからだ。

ところがある日、朝礼の時間、Aさんは「話がある」と切り出した。

その内容は、これまで先輩がAさんにしてきた扱いに対する抗議だ。

つまり先輩にとって、当たり前の価値観でも、Aさんにとっては無理難題な理不尽な扱い。

Aさんにとって当時のこのグループは四面楚歌。誰にも気を許せない状況。

そのとき言い放った言葉が、「次に同じ様なことがあったら自分は何をするか分からない。仕事終わったら外で待っている」と、

その意味は、「自分は武道経験者。いつ辞めてもかまわない年齢。年金だけでも生活できる。子供も社会人。この会社への執着はないよ。いつ辞めてもいい」ってこと。

つまり、「年下が生意気な!人が大人しくしてりゃいい気になりやがってこの野郎!オレを誰だと思ってやがる!やっちまうぞ!その覚悟があるのか?」ってこと。

直接キーワードしては言ってないが、これは立派な脅迫だ。

以前働いていた会社でも同じ方法で自分よりも偉い人をシメたことがあるらしい。つまり戦うための理由ずけとして大人しく演じていたというわけ。

けどその揉め事があったとき、わたしはそうは感じなかった。

そうじゃなく、「いままでは色々迷惑をかけてきた。もういい歳だし、最後はちゃんとしよう。それなのに・・」そう思った。

いままでの自分が通用しなくなり、自分を変えざるを得ない心境を察すると可愛そうだと思ってしまう。

つまり本当に嫌いじゃない。むしろ人柄に共感をおぼえ、わたしは好きだった。

そんな気持ちもあって、その後わたしは「やり過ぎはダメですよ」と生意気にも先輩を諭した。

綺麗事に聞こえるかも知れないが、わたしのルールブックには「公平」とあるからだ。

だから時に味方を批判し、大多数が嫌う人と仲良くなることがある変わり者。

だかしかし、その脅しとはわたしのポリシー違反だったので、Aさんではなく先輩の肩を持つかたちで決別となり、結局Aさんは別のグループに移動した。

Aさんを慕う人や、Aさんを律することが出来ない人がいるグループに移るための策略だったと言う人もいた。

でも問題を暴力で解決しようとするのは、もう時代遅れ。長い目で見れば通用しないし、自滅するのは歴史が証明している。

悪目立ちがカッコいいと思う人が少ない時代に変わりつつある。

私自身、不良がかっこ良いと思って憧れ、真似をしていた層の人種でもあるから気持ちがよく分かる。

そんなAさんが先日、突然、退職することを知った。

わたしはさっきも話したが、数年前、当時のグループ数人で、モラハラ年配者に花束と記念品を贈ったことがある。

あれだけ周囲の人達に攻撃的だった人に対してお祝いなんでする人なんて普通はありえない。

それまでは本当に苦しい日々だった。ところが辞めると知ってから、その想いは変わり、穏やかになった。

けど体裁ではなく、心から祝ってあげられた自分の成長に誇りを持て、感謝の念まで湧いてきた。

そして本当は可愛そうな人だったと腑に落ちたからでもある。

とくに今回は、これといって被害にあってない。むしろ冗談や笑い話で、楽しい時間を過ごした記憶しかない。

そんな相手にわたしは冷たく凛とした態度をした。

そしてAさんを嫌う人達と、悪口大会で盛り上がったことに罪悪感があった。

ずっと心にシコリがある感じで、たまにすれ違う度にやるせない気持ちでいた。

お互いの「こうあるべき」との戦いとは、時代背景から「たまたま私達が正義となっただけ」でもある。

もし昔の我が社だとしたら、裏で繋がって、私達のまっとうな意見は相手にされなかったと思う。

というわけで、Aさんの出勤時間、通るルートにて待ち伏せし、最後の別れを告げた。

もしかしたら、これまでの恨みつらみや、わたしの悪口の罵声をかけられたり、殴られるかも知れない。

けどもしここで終われば、お互いの中で決着するので、スッキリするとも考えた。

逃げない方が精神衛生上、良いことは経験上、イヤというほど味わったからだ。

Aさんが、どんな反応されるのか気になったが、笑顔で対応してくださった。

あのニコッとした目つきは嘘ではないと思う。

今日が最後の日。例え社交辞令でも「ご退職おめでとうございます。永い間、お勤めお疲れ様でした」と、あいさつされて嬉しくない人は居ないと思う。そして少し談笑した。

Aさんの本心は分からないが、わたしとしては心のわだかまりが取れ、雲が晴れたかの様。

ちなみに、他の人達はどうしたのか分からないが、時間をずらし会わない様にした人はいる。

以前のモラハラ年配者の最後のシーンになったとき、いつも一緒にいた側近が、意外にも来なかったことがある。

「何で自分を苦しめた奴を祝わなきゃならねぇーの?」と怒りをあらわに言い放った。

もしかしたら本当に警戒すべき人とは、実は別にいるのかも知れない。

おわりに

良いことからよりも、むしろ、嫌なことからの方が学びはある。

嫌な出来事に対して、嘆いたり腹を立てたり恨んだりするのではなく、ポジティブに変換し、自分に取り込んでみる。

終わりよければ全てよし。

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