境界線ギリ生垣の剪定にあいさつは必要?隣は民家じゃないケース

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目隠し用に、となりとの境目に木を植えている人もいることでしょう。

 

当たり前ですが、木は成長します。切らないとボウボウです。植えた位置によっては、隣の土地に入らないと刈り取れない場合もあったりします。

 

実際に人が住んでなく、前もって許可を得ている場合でも、その都度あいさつをした方がいいのでしょうか。

 

「一言ある」と「無い」とでは心象はちがうでしょ?

「ピンポ~ン♪すいませんけど、生垣を刈りたいので土地に入らせてください」

 

今回わたしは、生垣剪定をする前に隣の地主に土地に入る断りをしてから、隣の土地に入って作業をしました。

 

「別に勝手に入ったっていいのよ?」予想通りの返答です。わたしはその言葉を聞いて、ほんと安心しました。

 

やっぱり一言断ってからやる方が断然後ろめたさがありません。筋道を通してから「やることをやる」のって堂々とできます。

 

「じゃぁいままではどうしてたの?」というと、無断侵入でした。なぜかというと、事前許可があったからです。

 

お隣さんは「気にしないで入ってもいいんだよ」と、ずっと前に言ってくれていました。

 

「いかなるときも俺の土地に入るな!」とは言えないようですよ?

隣地使用権という法律があるからです。

 

関わりがご無沙汰だと心の距離を遠く感じてしまう

その土地はお隣さんが趣味でやってる畑。人は住んでません。小さなことにこだわらない気さくな人です。

 

生垣を植えた(引っ越して来た)当初、わたしは畑に入れ込んでいたので、そのお隣さんと交流がありました。

 

そんな間柄だったのと、わたし自身「あいさつ」とか「そういう配慮」をよく知らなかったせいもあり、いままで黙って生垣剪定をしていたのです。

 

ですが、ここ何年も交流もなく話す機会もめっきり減っています。そうなると、何か気まずい感じになりますよね?

 

人付き合いって「銀行に貯金をするようなもの」っていう考え方もある様です。

恩を仇で返す理由とは?もう○○がなくなってしまったから

 

つまり、わたしはお隣さんに何も与えてません。(あいさつ・会話・畑の交流など)

 

それなのに、毎年わたしは無断で土地に入っているわけです。(お隣さんの銀行から預金を引き出してる状態)

 

積立(付き合い)なしに引き落とし(侵入)続ければ残高不足になり、関係は修復できなくなる、という理屈です。

 

好意を「当たり前」だと思われると腹が立つこともある

「親しき仲にも礼儀あり」とはよくいったもの。一言あると無いとでは、やっぱり違うって思うのです。

 

生垣を刈り込むと枝や葉っぱが地面に散らばります。全ては取りきれません。足跡だってつくでしょう。キャッチボールの悪送球で隣の土地に入ったボールを取りに入るのとはちがうのです。

 

しかもいい年をした大人がやるわけです。

 

もし、急いで通り過ぎる人に肩をぶつけられたとき、

「本当にごめんなさい!急いでいたもので(;´Д`)」って誠心誠意に頭を下げられたら怒る気もしませんよね?

 

  • 「いつも仕事ご苦労様」
  • 「いつも弁当サンキューね」
  • 「こんなジジイの世話させてすまんのぉ」

っていわれたら誰だって嬉しいものです。苦労が報われます。何の会話もなかったら、何を考えているのかわからない。

 

やはり好意に対して「ありがとう」とか「すいませんね」の言葉は必要だと思うのです。

 

おわりに

とにかく、前もって一言『断り』を入れているせいもあり、「どっしり構えて安心して作業できた」のが今回の感想です。

 

「あそこのご主人、勝手に入っている」って言われても弁解できますしね。

 

おっくうがらずに、お隣さんの言葉に甘えずに、「もっと早く行動に移せばよかった」と、ふり返っています。

 

いままで良好だった関係が、ある日を堺にギクシャクすることはよくある話です。誤解から生まれたのだしたら、会話不足が原因だったりもするでしょう。

 

「アイコンタクトでOKが出た」「意思の疎通」「黙ってついてこ」男子脳は基本、会話が得意ではないようです。

 

ですが、「根回し」をした方が楽に生きられると学びましたよ。人は感情の動物ですからね。

 

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