筋トレの「やる気維持」の為マイプロテインを止めると決めた

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これでお別れね

わたしはマイプロテインを愛用して10ヶ月経ちました。

正直いうと、「次こそは止めよう」そう思う中、今日に至ります。

でも今回のハプニングによって決意できました。

【マイプロテイン苦悩】『ジッパーが閉まり辛い』を72%解決する方法

マイプロテインのジッパーに絶望

突然だけど、わたしのプロテインを飲むタイミングに統一性はなく様々。

  • 運動前
  • 運動後
  • 3時のおやつ
  • 会社での食後

これらについての理由は本記事とは少しズレるので省略。

最後に書いた「会社での食後」用として出勤前、プロテインシェイカーに1回分をチャージして持参する。

そして先日時間がない中、準備しようと閉じた袋を両手で思いっきり引っ張った。

すると「パンッ!!」かなり大きな音が部屋に鳴り響く。

「あれ?やっちまったかな?」嫌な予感。

ジッパー部分を見ると、少し様子が違う。触るといつもの出っ張りじゃなく、少しザラザラはしている。

「もしかして?」そう思い、逆のジッパーをつまんでみると、

袋の両サイドにあるはずのジッパーが片側にピッタリ張り付いている。

壊しちゃた。

ありえない。マイプロさん。

マイプロを飲みだしてこの時点で10ヶ月。

何ヶ月も前からマイプロを止めようと思いながらっもずっと止められなかった。

そんな想いと今回の出来事が決断する最後の一押のきっかけとなった。

時間は出勤前。仕方ないのでクリップで代用。

しっかり閉じることは出来ないが、今は秋。空気が乾燥するシーズンなので良しとする。

▼商品のクオリティは分からないけど、ネット検索したらよさげなのがありました。

梱包も商品価値の1つだ

「梱包は商品価値の1つだ」とわたしは言いたい。

というか、パッケージこそ大事だと思う。

「用が足りればそれで良し」の言葉ある。

例えば街を散歩していると、急にお腹が痛くなりトイレに行きたくったとする。

もし我慢限界なら、トイレのクオリティや男女用など関係ない。排泄できればそれでイイ状況。

でもそれは緊急時での話。

一方、もしクリスマスプレゼントとして高価な革の手袋をもらったとする。

ところがその手袋はコンビニのビニール袋に入れられ、値札もついたままだとしたらどう感じるのか。

特殊なケースは別として、テンション下がるよね。

もし物が無い戦後だとしたら、パッケージングなんて関係ないと思うけど現代はそうじゃない。

逆に多少、安値の手袋だとしてもクリスマスのデコレーションされてたらどうなのか。

テンション上がるよね。

「それ騙されてるよ」と思うけど、この「だまされ」がモチベ維持には大事。

なぜなら人は感情の動物だから。

中身も大事だけど、クリスマスの雰囲気もプレゼントだと思う。

もらった物を持ち帰るときも、

「『あれ?彼氏にもらったのかな?』とか、思われる私って幸せ♡」

とかも商品価値だと思う。

そして筋トレも、ただ筋肉を自分用にカスタマイズするだけじゃないと思う。

筋トレを継続する過程。

つまり筋トレライフをエンジョイする装置として「モチベーションを維持すること」は重要ではないか。

わたしの隣人にマラソンをする知り合いがいる。

マラソン用の靴・ウェアー・ランニングウォッチなど、ネット検索する姿をたまに見かける。

少ないお小遣いのなか、それぞれを買い揃えていた。

やっと手にしたそれらのアイテムを、使いながらワクワクする。

もちろん最初は今持ち合わせている物で代用していた。それがレベルが上がる度にグレードも上る。

いまの自分にふさわしいステージにアイテムを格上げすることで、更にモチベが上がって行く。

芸能人が売れるとタワマンに引っ越す様に自分を上げていく。

そんなポジティブなスパイラルで彼の人生は充実している様に見える。

そういう気持ちって、何かを継続するための力になるんだよ。

コレ。大事ね。

幸せとは「道のり」である

人の幸福感は物事の達成じゃなくその過程だと思う。

もし筋トレの結果、自分が望む身体を手に入れたとしよう。

確かにそこに満足すると思うし、それによって何かが変わるかも知れない。

しかし本当に手に入れたのは「変わった自分」ではなく、

変わるまでの道のりであることを知ることだろう。

10年後の記憶はどなっているのか振り返るとどうなのか。

間違えなく、変貌を遂げるまでの過程に思いをふけると思うし、頑張ってきた道のりを誇りに思うだろう。

その道のりは日々たくさんの苦労や挫折など一言では言い表せない何か。

その「日々」をイライラして過ごすのなら、ルンルンして過ごすことこそ大事だと思う。

心理学者アドラーが言うように、

「人生は連続する刹那である」

「われわれは「いま、ここ」にしか生きることができない。

人生とはレールに乗った「直線」ではなく「点の連続」である。

その「点」とは日々のこと。

日々どう感じながら過ごすかはすごく大事だとわたしも共感している。

知っての通り、マイプロのジッパーは超がつくほど締まりづらい。

開け締めは毎日のこと。

運動した後、毎回のジレンマ。テンション下がり愛着が持てない。

愛せない物を使うって、心理的にもよろしくない。

正直な自分の思いで日々を過ごすことこそ、本当の意味での充実を得られると思う。

もちろんマイプロが悪いともいいけれない。

多くの人に愛される理由はたくさんある。

これはその人にある「前提」による価値基準だから、

  • 入れ物なんてどうでもいい
  • とにかく安いの
  • 別の入れ物に移し替えればいい

など、その人の事情・性格・タイミングなど、その時々で違ってくるので、一概には言えないが、

今現在のわたしはもう駄目という話でした。

おわりに

自分がこだわる部分を大事にして行きたいです。

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