自分が所有する物を買うときに、自分にとって痛い金額を払うことにこそ価値がある。
そんな言葉を信じたわたしは革財布を購入した。
今回、愛用の長財布の手入れをして、思うことを書いてみよう。
金運に目覚めて革財布を購入
わたしは自分としては高価な革財布を9年前に購入した。
いまとなっては買った詳細な動機は覚えてない。そこで過去記事を読み返すと、会社に依存せず経済的自立を果たすことだった。
ブログ1本で食っていこうとは思えなかったけど、会社以外の収入をつくり、生活費を節約をしたり、お金の管理をすることで、出勤日数や時間を減らし、本当に自分がやりたいことをする時間を作りたかったのだと思う。全てはストレスから開放されるためだ。
あれから9年経過して今どうなっているのだろう。当初の理想には全然届いてないが、悪い状況ではない。
確かに生活が楽になるほどに収入が増えた訳じゃない。残業があればお金のために断ることもない、相変わらずの社畜野郎だ。
それでもお金の管理がうまくなったお陰で、欲しい物や必要な物が買える様になり、やりたい行動ややるべき行動が出来ている。
お小遣いをもらったら、使う用途に別けて、計画的に使えるようになったし、お小遣い1年間3000円計画もやった。断酒は今も継続中(2年4ヶ月経過)
「自分をダメにする欲」に使っていたお金を、未来の自分へと投資するようにマインドは変わった。
財布を買ったせいなのか?は分からない。それでも、そのきっかけの1つになったことは間違えない事実だ。
キャッシュレス化への移行は続く
正直いうと、もう財布を持ち歩かないですむ様にしたいと考えている。わたしは現時点において、スマホを使った決済をメインにするようにしているので。
とにかく小銭を増やしたくない。とくに1円玉と五円玉は必要ない硬貨だ。
それでもまだまだ使える店は多くないから、現金やクレカは欠かせない。
会社の自販機でパンやナッツ類やプロテインバーなどを買うことがあるので小銭が必要。病院もいまだに現金払い。
行きつけのホームセンターもコード決済が使えない。渋々クレカを使うことがある。
でもクレカは引き落としが翌々月になるので、口座にお金を残しておくストレスがあるし、何に使ったのか?分かりにくいデメリット。やはり自分にとってはペイ払が合っている。
もう財布を持ち歩く時代は終わり、時代はキャッシュレス。
特別な財布は特別な瞬間を演出する
そうはいってもリアル財布の出番が完全になくなるのだろうか。わたしはそうは思わない。
冠婚葬祭や飲み会やデートなどの場の支払いのタイミングで、見るからに値段が高そうな革財布を取り出したときに、それを見た相手は、どんな印象を持つのか。
少なくてもわたしなら「へぇ〜」と、好感を持つことだろう。
逆に100円ショップで売っている様な見るからに安物だったり、一見、高級財布を真似た、まがい物だったり、ブランド物でも汚れていたりボロボロだとしたら、その人の人格を疑ってしまう。
なぜなら「人の想いは、持ち物に表れる」からだ。そして「魂は細部に宿る」ともいう。小さなほころびがやがて大きな災に変わる。
逆にいえば、小さな「ちゃんとしている」の積み重ねが「大きな流れ」に変わることもある。
そうなると大げさかも知れないが、財布1つが、一生を左右する分岐点にもなり得なくもない。
そして人は、個体数の少ないもの、古いもの、希少性の高いもの、に価値を見出すし、革は使い続けることで味が出る。
もしリアル財布を持ち歩く人が少ない時代がくれば「貴重な人」「稀な人」として、特別な人の層になるのかも知れない。
あえて時代に逆行してリアル財布を使うのも、いまの人が好きな言葉にある「個性」とも言えそうだ。
時と共に思い出へと変わる
わたしは季節の変わり目になると、革財布のメンテナンスをするようにしてきた。革は生きている。オイルを塗ることで、保湿性を高め、乾燥を防ぐことが可能。
この記事を書くいまは3月中旬。季節は春。暖かい日が増えてきたので、革財布に革専用オイルを塗り込んだ。
塗りたては油がベタつくなので、馴染むまで財布のチャックを開いた状態で、机の上に立てて置く。買った当初の状態は忘れてしまったが、ツヤが出て輝きがよみがえってくる。
こうして財布をメンテナンスしていると、4万円近い値段であることや、買った当初の想いなどの、ポジティブな感情が無意識に湧いてくるものだ。
もし10年後に当財布の手入れをすることがあれば、「ああ、この財布を買った頃は色んなことがあったなぁ」と思い出し、ほっこりさせてくれるアイテムに変わることだろう。
おわりに
いまとなっては、キャッシュレス出来ない場合の予備的アイテムに変わってしまったが、これからもまだ現役で使っていくことにしよう。
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